ご先祖さまは…女岡ッ引き-1
「溪一郎、いる?」
その日…女子大生の深川 美姫〔みき〕は、同じキャンパスで古文書の研究をしている、恋人の麻布 溪一郎の教室を訪ねてきた。
講義が終了して、帰り支度をしていた溪一郎は、メガネの奥から恋人を見る。
「おぅ、なんだ…美姫か」
「午後は時間、空いてる?ちょっと見てもらいたい物があるんだけど…」
美姫と溪一郎は、つき合いはじめて半年…ミステリー好きの美姫は『犯罪心理学科』を…古文書の解読に興味を持つ溪一郎は『古文書解読科』を専攻している、異色のカップルだ。
「別に午後は講義がないから…いいけど?いったいなんだい?」
溪一郎はニヤニヤ笑いながら、美姫を眺める…美姫がこうゆう言い方をしてくる時は、なにか溪一郎が興味を引く古い書物を持ってくる場合が多い。
「ちょっと、この前の休みに、実家に帰った時…面白い物を見つけてきたんだ…溪一郎に解読してもらおうと思って」
「ほうっ…それは、楽しみだな…じゃあ、学食に行って、その古文書を見せてもらうかな」
二人は、キャンパスの学食に向かった。
途中…溪一郎は自動販売機で買った缶コーヒーを手に学食に入り…美姫は学食の入り口で、うどんの食券を購入した。
「で、どんな物を見せてくれるんだい?」
学食のイスに座った、溪一郎が缶コーヒーのプルトップを開けながら、美姫に尋ねた。
「んッ…これなんだけど」
美姫はうどんをすする手を休め、持ってきた大型のディバックの中から、茶色の油紙に包まれた物と、空草模様の風呂敷に包まれた物品を取り出してテーブルの上に置いた。
風呂敷に包んだ固まりは、テーブルの上に置かれた時…ゴトッと、鈍い音を響かせた。
溪一郎が、開いて見ると…それは、和紙に書かれて、紐で綴じた一冊の本のような物と…錆びた十手が出てきた。
「なんでも、うちの先祖は江戸で『岡ッ引き』やっていて…その先祖が残した物らしいよ」
と、うどんを食べながら美姫が言った。
溪一郎は、興味深そうに綴じた古い書文に目を通して…クスッと笑った。
「本当だ…美姫のご先祖さまって、かなり面白い人物だったみたいだね…これは、その先祖が残した日記みたいな物だよ」
溪一郎は、一人でクスックスッ笑いながら、読み進めた。
「なによぅ…自分だけで楽しんで」
「ごめん、ごめん…これに書いてあるのを読むと、美姫の先祖は江戸で女性で岡ッ引きをしていたみたいだな…」
溪一郎は、チラッとうどんをすする美姫に視線を移す。
「先祖が解けなくて悔しい思いをした事件が、数件あるって書いてあるんだけど…どうだい、美姫が推理してみるってのは」
溪一郎の言葉に、ミステリー好きな美姫の瞳が輝いた。
「先祖が解けなかった事件を、子孫が解くの?なんか…楽しそうね…面白そうな事件は書いてある?」
「ちょっと待てよ…えーと」
溪一郎は、茶色に変色した和紙を注意深くめくった。
「これなんか、良さそうにだな…」
と、溪一郎は古文書を現代風にアレンジして、美姫に向かって読みはじめた。