ご先祖さまは…女岡ッ引き-5
「『カンナ』とか『トンボ』ってのは、どうやら【陶芸】で使う道具のことみたいだと…わかったんでぇ」
「陶芸の道具?」
「へいっ…『カンナ』ってのは、陶器の表面を整える道具で『カンナが笑う』ってのは、ワザとろくろで回した陶器に模様をつける方法を、失敗した時に言う言葉なんでぇ…」
「じゃあ、トンボってのは?」
「へいっ、『トンボ』ってのは、器の幅とか深さを計る道具で、竹トンボに形が似ているから…そう言われているんでぇ」
銀八の報告を聞いて、千歳は少し、考える素振りをみせた。
「銀八…【もしかしたら、稲荷党の首領って、陶芸に精通している人物】かも知れないわよ…」
「なるほど…確かに連中は【壺とか皿の焼き物に関しては、妙に目利きした物ばかり選んで盗んでいきます】からねぇ…それで、他にわかったことは?」
「それだけよ…」
千歳の言葉に、銀八は気の抜けた顔をした。
「へっ!?それだけって…」
「だからぁ、わかったのは、それだけ…」
銀八は、手オケで殴られて…それしか、わからないのかよ。と、少しシャクな気分になった。
それならせめて…と、銀八は、千歳の裸を目の奥に焼き付かせようと…凝視したのが、いけなかった。
「な、なに想像してんのよ!!」
パッコーン!!銀八の異様な視線に気づいた千歳から、手オケが銀八に飛んだ。
それから…数日後、平穏な日々が過ぎた。
久しぶりに、屋台の握り寿司を食べたくなった千歳が、往来の立ち食い寿司屋で寿司をつまんでいると、慌てた様子の銀八が走ってきた。
「姐さん、こんなところにいたんですかい…方々探しましたぜ」
息を切らした銀八を、穴子の握り寿司をほうばりながら…千歳は眺める。
「なんか用…銀八」
「のんびりと、寿司なんか食って…」
「寿司じゃないわよ、江戸っ子は粋に『スウ』っ言うのよ」
「そんなことよりも、姐さん…矢吹さまから伝令ですぜ、陸奥屋が行う『饅頭の大喰い大会』を見て行くようにと…」
「あぁ、アレ…今日だったっけ?」
千歳は、口をモグモグ動かしながら、興味なさそうな顔をした。
「行かないつもり、なんですかい…」
「見ればわかるでしょう…あたしは、グルメの真っ最中…あ、おじさん今度は小ハダ握ってくれない」
銀八は呆れ返った目で、千歳を眺めた。
「怖いんですかい…饅頭が、姐さんが、行きたがらなかったら…尻を叩いてでも見に行かせろと、矢吹さまから言われてましたんで…」
本当に、尻を銀八が叩きそうな気配に千歳は、悲鳴に似た声を張り上げた。
「わ、わかったわよ!行けばいいんでしょう!…ったく、もう」
千歳は、渋々…大喰い大会の会場になっている、深川神社の境内に向かった。
境内には、見学に押し寄せた、黒山の群衆を、役人が縄を張って整理している姿が見えた。
すでに、大喰い大会は中盤に差し掛かっているようだった。
「すごい人だかりね…」
人混みの中で、背伸びをしながら千歳が、傍らの銀八に囁く。
「なにせ、陸奥屋の行う大会ですからね…優勝賞金の二十両と、饅頭二百個を誰が持っていくのか…見物ですぜ」
千歳は、『賞品』と書かれた和紙の貼ってある台の上に置かれている…懐紙のひかれた大皿に、山盛りで乗っている紅白の饅頭の山を見て…気分が悪そうに口元を押さえた。
「大丈夫ですかい?姐さん…顔色が悪いですぜ」
「うっ…ダメェ…見ているだけで吐きそう…」
歓声の中、参加者は次々と運ばれてくる皿に乗った十個づつの、饅頭を口の中に押し込んで、皿が出場者の前に重ねられていく…その情景を見ただけで、千歳は胸のあたりから苦い汁がこみ上げてきた。
「なんか、気分悪くなってきた…銀八…やっぱり、見てなきゃダメ?」
「矢吹さまからの、伝令ですよ…矢吹さまからの」
大食漢の大男たちが、饅頭をたいらげていく中で…人目を引いているのは、四十路くらいに見える、富蔵と言う名の中年男だった…。
それほどの、大食家には見えない体格の男が、必死で饅頭をほうばり奮闘している姿に、見物人の間からはヤンヤヤンヤの声援が飛んだ。
「あの、富蔵って人…頑張っているわね」
「そうですね、なんか必死にも見えますぜ」
銀八の言う通り…富蔵は油汗を流しながら、饅頭を喉に押し込んでいる。陸奥屋にいた、あの娘が心配そうな顔で富蔵のところに、饅頭の皿を運んでいる。