ご先祖さまは…女岡ッ引き-4
「なんか、小腹が空いたわね…ソバでも食べていかない?久しぶりにおごってあげるから…」
「姐さんがおごってくれるんですかい?こいつぁ、空から槍でも降るんじゃないですかい」
「失礼ね…あたしだってたまには、おごりたい気分になる時だってあるわよ」
「それじゃあ、天ぷらソバを…」
「カケよ!一杯十六文のの安いかけソバに決っているじゃない!食べたら陸奥屋が話していた『カンナ』や『トンボ』のコトをしっかり調べてきなさい…あたしは、矢吹さまに報告をしなきゃいけないから…わかるまで茶屋にはこなくていいからね」
「ほうっ…そうゆうことですかい…矢吹さまと…ほうっ」
「な、なによ!その意味ありな言い方は…」
真っ赤になった千歳の、顔を眺めながら…銀八は、やれやれと呟いた。
待ち合わせの茶屋に千歳が行くと、同心の矢吹は甘酒をすすりながら、待っていた。
「遅かったな…どうだ、甘酒でも飲むか」
「いただきます」
千歳は、まるで借りてきた子猫のように、おとなしくチョコンと矢吹の隣に両足を閉じて座った。
「話しを聞こうか」
「はい…」
千歳は、陸奥屋から聞いたコトを矢吹に報告した。
「なるほど…それは、珍妙な事件だな」
話しを聞き終わった矢吹は、懐に手を入れて何か思案している素振りをみせる。
静かに考えている矢吹の横顔を、潤む瞳で眺める千歳。
「なんだ、オレの顔に何かついているか?」
「い、いいえ…別に」
千歳は、慌てて視線をそらすと、運ばれてきた甘酒をすすった。
「そう言えば、これは奉行所で聞いたんだが…稲荷党の中には目効きが確かな者がいるらしいぞ…そこのところから洗ってみると、何かわかるかも知れないなぁ」
「はい…わかりました、あのぅ…矢吹さま、不躾〔ぶしつけ〕な質問ですけれど…好きな人なんているんですか」
「んッ?なんだいきなり…そうゆう千歳は、いるのか?」
予測しなかった矢吹の、質問返しに千歳は思わず飲んでいた、甘酒にむせかえした。
「けほっ…けほっ…す、好きな人なんていません!!」
顔を真っ赤に、うつむく千歳を矢吹は楽しそうに眺めた。
「そうか…早く千歳を好いてくれる男が、見つかるといいな」
完全にはぐらかされた形になり…千歳は、無言で甘酒をすすった。
矢吹と別れてから、事件の推理を続けながら歩く千歳は、頭を掻きむしった。
「あ──っ、わっからない…考えるのやめ!こんな時は銭湯にでも行って、リラックスしてみるのが一番!」
千歳は、馴染みの銭湯に立ち寄ると、番台に銭湯代の八文を置いて洗浄用のヌカ袋を買うと…持参した風呂敷きに、衣服を包んでから…洗い場に入った。
さすがに、この時間は誰もいない…湯気の中、ヌカ袋で体を洗いながら、千歳は至福の時を満喫していた。
「ふうっ…やっぱり、誰もいない銭湯って最高…」
その時、湯気の向こう側から男性の声が聞こえてきた。
「お嬢さん…お背中流しやしょうか」
三助〔銭湯でお客の体を洗う仕事をする、男性の名称〕の声だ。
「あっ、お願いしようかし…げっ!」
振り向いたところに、なぜかサラシを巻いた銀八が、にやけながら立っていた。
「…な、なんであんたがここにいるのよ!」
「なんでって…これは、あっしの副業なんで、姐さんだって、目明かし業の片手間に花屋をやっているじゃありませんかい」
銀八の言う通り…たいがいの岡ッ引きは、それだけでは食っていけないので、なにかしらの副業を持っているのが普通だ。
「それにしても…姐さんの体って…」
銀八は、千歳の裸体を眺めた。
「尻のでかいわりに、胸はないっすね」
次の瞬間…千歳は、近くにあった手オケをつかんでいた。
パッコーン!!痛快な打撃音が銭湯に響き渡り、銀八は吹っ飛んだ。
「このっ!ド助平!!」
千歳は、銀八を睨みつける。
「いっちちっ…ま、待ってくださいよ。あっしだって姐さんに言われたことは、ちゃーんと調べてきたんですから…」
「えっ…」
千歳は、銀八の言葉に振り上げた手オケを、持った手を頭上でとめた。