-続・咲けよ草花、春爛漫--21
「どうする。いいんだぜ? 俺はてめぇが鈴代とヤッてるってことをバラしても」
「く……っ」
そうだよな、やっぱりそうくるよな。
俺は歯噛みして俯いた。
どうする、どうする俺。マジで鈴代との関係をバラされたら俺の学園は終わりだと思う。……ここまで言うのは鈴代が気の毒かもしれないが。
「どうせ気まぐれのお遊びだ」
だったら、こいつとヤることを承諾して泣き寝入りした方がマシなんじゃないか。あの時に思ったことを再び考える。
悪魔の囁きが後押しとなり、俺は八手を睨みつけてやりながら苦々しく言った。
「絶対に、黙ってろよ……」
「そうだ。それでいい」
くっそー、あばよ俺のバージン。
しかし、初めてをこんなところでこんな奴に奪われるということに、言葉で言うよりもショックを受けていないのはやっぱり俺が男だからなんだろうな。女の子だったら立ち直れないぜ、多分。
「ん……っ」
首筋を吸われ、スカートの中に手を突っ込んだ八手がいやらしく俺の太腿を撫ぜる。覚悟を決めて目を瞑った、その瞬間だった。
「何してるんですか、先輩」
一瞬何が起こったのか分からなかった。手を止める八手。声をかけた人物が誰か理解すると、俺は縋りつくような情けない声を出していた。
「か、かぶらぎぃ……っ」
「あ、いたいた。八手ちゃーん」
眉間に皺を寄せて俺と八手とを見据える蕪木の後ろから、ひょっこりと御形先輩が顔を出した。
「御形先輩……」
「ち」
まさにそれは危機一髪。俺は貞操が救われたという安堵に思わず腰砕けになってしまった。
気分をそがれた様子の八手は舌打ちひとつして、思い切り蕪木と御形先輩を睨めつける。そして苛立った様子で二人の傍らを通り過ぎようとした。
「ちょっと、待ってくださいよ」
それを止めたのは蕪木だった。
「まさか合意じゃないですよね」
普段からあまり感情を出さない蕪木。その瞳には剣呑な光が込められていて、怖い。
蕪木の言葉に八手はにやりと笑った。
「さあな。そこでヘバってる姫に聞いてみろよ、王子気どりの一年坊主」
揶揄するような言葉を吐いて、八手は再びこちらに背を向ける。
それから視線だけを俺に移して言い去った。
「またな、芹沢」
また、なんてあるかよ!
心の中で吐き捨てて歯噛みする俺は、しかし八手の姿が消えるとやっと安堵に胸を撫で下ろした。そんな俺を見下ろす、文藝研の二人。
どうしてこんなところにいるんだなんて疑問を投げたくても、何となく言えない雰囲気。
俺達の間に暫しの沈黙が訪れる。
「………」
「ミハルちゃん」
俺の前に屈みこみ、沈黙を破った御形先輩の顔は、相変わらず笑っていた。
「君は、本当に無防備だねー」
しかし、その笑いはどこか呆れが含まれていて。先輩の言葉が俺の胸にぐさりと刺さった。
「そんなだと、すぐにやられちゃうよー」
悔しくも、悲しくもなるぜ。
俺は男だ。身体は女でも、心は男。その筈だったんだ。
それがどうだ。男に迫られてつい身体を許し、強請られて犯されそうになる。そして、どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだって、そんな考え方をしてしまう自分にも悔しくなった。
加えて、情けなくべそをかく今の俺の姿にも。
「あわわ、泣かせるつもりで言ったんじゃないよー」
御形先輩はぼろぼろと涙を流す俺の頭を優しく撫でてくれた。けれど、余計に自分の惨めさを感じて俺の涙は止まらない。
「か、蕪木くーん」
困ったように蕪木を見上げる先輩。蕪木も俺の元に屈み込んだ。俺は泣き顔を見られたくなくて、反射的に膝に顔を埋める。
「芹先輩」
蕪木の言葉に俺の肩が強張った。何故だかその言い方が俺を咎めるように感じてしまったからだ。しかし、続けて蕪木から発せられた言葉は、更に涙を溢れさせるのに十分なくらい、優しいものだった。
「無事で、よかった」
ちらりと視線を上げれば、蕪木の顔。
本当にほっとしたようなその顔に、俺はくしゃりと顔を歪ませる。
小さな子どもをあやすように、蕪木がそっと俺の背に腕を回し、ぽんぽんとその背を叩いた。情けないことに、俺は零れ落ちる涙を止めることができなくて。
「……よかった」
小さくそう呟いた、やけに大きく感じる蕪木の胸の中で、俺はひとしきり泣いたのだった。