-続・咲けよ草花、春爛漫--16
「なあ、ミハル」
紺野はいつもの調子で俺を呼び、
「俺とせぇへん?」
「はあ?」
いつもの調子でそう言った。
呆気にとられ、顔を引き攣らせる俺に奴は笑う。
「俺な、結構上手い言われんねんで。ミハルを満足させる自信あるわ」
「べ、別に満足してないわけじゃ」
言いかけた俺の肩を掴む、紺野の大きな手。
「!」
迫ってくる唇。
キスを避けようと反射的に顔を逸らす。すると、俺の耳元に紺野の唇が触れた。
「お、おい、紺野……!」
ぞくりと背筋が震える。鈴代の時と同じように俺の身体が熱くなる。
紺野の唇が首筋を這った。
「おい、って……!」
俺は鈴代にするのと同じように、紺野の胸を押し返す。
「紺野!」
そう声を上げると、奴はすんなりと俺を解放した。
唇の感触が残る首筋に手を当て、俺は紺野を睨みつけるが、しかしすぐに目を逸らした。
こんなにすんなりと放してくれるとは思わなくて、また紺野の後悔したように八の字に下がった眉に、思わず俺は言う。
「ご、ごめん、俺さ」
「ええよ、ええよ! 俺も悪かったわ。無理やりなんてな」
明るくいつもの調子で言いながら俺の背を叩く紺野。
それから彼は少し安堵したように息をついた。
「それに、ほんまに本番までヤってしもたら、彼女に顔合わせられへんもん」
その言葉に俺は素っ頓狂な声を上げる。
「か、彼女っ!? お前、彼女いるのかよ!?」
俺が言うと紺野は明らかにマズいといった表情を浮かべた。
「あ、あー……しもた」
「彼女いるくせにこんなことしていいと思ってんのか、ああ!?」
「そ、そないに怒らんといて。ほんまごめんて」
両の手を合わせて頭を下げる。しかし、俺の怒りは収まらない。
彼女がいるのに、他の女――あくまで身体として、な――に手を出すとはどういうことだ。
頭を下げた紺野に手刀を振り下ろすと、痛っと言って俺を見上げる。
「彼女とは遠距離やねん、俺もちょおっと溜まっててな」
「だからってアウトだろ、普通に!」
「せやからごめんてー!」
そっぽを向いて怒る俺に、紺野は苦笑しながら言った。
俺は舌打ちひとつ、紺野を睨みつける。
「遠距離をいいことに、他の女の子にも迫ってんじゃねーだろうな?」
そんなわけない、と紺野は勢いよく首を横に振った。
それから咳払いして、紺野は改まったふうに俺を見つめて言う。
「なあ、ミハル」
それはそれは真剣な眼差しで、怪訝そうな俺を見ながら。
「俺がこんなん言うのも説得力ないけど」
俺はそんな紺野に首を傾げる。
「気ぃ付けた方がええで」
「は?」
そして言った紺野の言葉に、俺は更に首を傾げた。
どうしてと訊く俺。紺野は言いにくそうに言葉を濁しつつ、照れたようにこう言った。
「何やよう分からんけど、ミハル、エロいねん」
「はあぁ!?」
俺は再び素っ頓狂な声を上げてしまう。
「聞いてや」
紺野は苦笑とともに言った。
「俺な、ほんまに彼女のこと大事にしてんねんで?」
「……嘘つけ」
俺が疑いを持って言うと、紺野は首と手とを横に振った。
「いやいやほんまやて! せやのに、ミハルと二人きりでおったら、なんかこう……ムラムラと」
そんな弁解に呆れて俺は溜息をつく。