バスルーム-2
そして金曜日の夜、蓄積した疲労を持て余しながら帰宅した。
終電間際に滑り込み乗車して、ゆらりと揺られながら目を閉じる。
はっとして起きたら降りる駅だったので、慌てて掛け降りた。
1時間も眠っていなかったと思うが、毎晩の睡眠より眠れた様な実感があった。
もしかして枕が良くないのだろうか。それとも、ひとまず月曜まで解放されたという安心感のせいなのか。
たまには家族で出かけてみたいものだが、妻も子供達も予定が入っていて、結局寝て家でごろごろするだけの休日になってしまう。
別に険悪にはなっていないのでそれだけでも幸せなのだろうが、寂しい限りだ。
「・・・ん?」
窓から明かりが点いているのが見えた。
つい先日も同じ光景を見た気がするが、リビングでは無く何故か風呂場だった。
もう30分もしないうちに1時になってしまうが、こんな遅い時間に誰が風呂に入っているのか気になる。
以前息子が深夜に入浴していた事があったが、今日もその時の様に多分うたた寝でもして、いつもの時刻に入りそびれたのだろう。
こっちも汗を流したいので、なるべく早く出てくれると助かる。
中に入ったが、水音が聞こえなかった。
不粋だと思いながらも近付いてみたが、やはり何も聞こえず、人がいる気配が感じられない。
「なんだ、消し忘れか。全く、いつも寝る前に確認しろと言ってるのに」
だが、誰も居ないのであれば都合がいい。
ネクタイを緩めてワイシャツや肌着、下着を洗濯籠に放り込む。
いつもはじっくり入浴を味わえないが、今は違う。
これも休日前夜の密かな楽しみなのだ。
洗面器で湯を頭から浴びて肌の垢を洗い流す。
たまには時間をかけて入るのも悪く無さそうだ。酒でもあおりながら−
突然出入口が開いて、一体誰だと振り向いた。
「お帰りなさい、お父さん」
そこには伊緒が居た。
下着すらも身に付けていない、生まれたままの姿で。
「お、おお、ただいま。な、なんだ?お前もまだ入ってなかったのか?」
「うん。ねえ、一緒に入ってもいい?」
「馬鹿な事を言うな。いい筈が無いだろう、お前は今年幾つになったんだ」
「もう法律上は結婚できる様になったよ、だから大丈夫なのだ。おじゃましまーす」
急な娘の行動に動揺を隠せない父親とは裏腹に、伊緒は飄々と風呂場に入ってきた。
一瞬であっても娘の白い柔肌を見てしまった自分が不甲斐ない。
「もう体洗った?」
「まだ、これからだ」
伊緒に背中を向けたまま答える。
どういうつもりなんだ、幼稚園や小学校はとうに卒業したというのに。
数秒間も見ていないのに強烈に頭に焼き付いた伊緒の肢体を掻き消そうと、必死で理性を働かせた。