奴隷編 奉仕者-1
奴隷編 奉仕者
岩を掘り出し、運び、削り、また運ぶ。
重ねて、組み込み、整える。
その繰り返し。
日が昇るより先に始まり、月が傾く頃にようやく終る。
夏の日差しに肌が焦げ、冬の寒さに心が凍る。
降り注ぐ鞭に従い、乾きを潤す水に群がる。
絶壁の孤島。四方は海に囲まれ、大鷲の姿は餌を求めて今日も舞う。
光の神殿、総本山建築現場はこの世の地獄であった。
「さあ罪深き者達よ、奉仕の時間だ。我らが光の神を迎えるため、今日も働けることを光栄に思うがよい」
薄暗い、垢と便の匂いの篭る寝床――というのも憚られる一室に、甲高い男の声が響く。
ゆらりと起き上がる影につられ、また一人、立ち上がる。
薄汚れ、ところどころほつれた胴衣に身を包む者達。目は空ろで、ぜんまい仕掛けのおもちゃが、切れ掛かった動力でもがいてるようにも見える。彼らの部屋を出るその様は、まるで生気が無いのだ。
彼らは光の教団の信徒にして最下層の存在で、奉仕者とされる。
奉仕者は過去の罪の赦しを請うため、こうして過酷な労働の日々を送ることを義務付けられており、教団は愛を持って彼らを使役している。
だが、現実には口減らしで買われた子、大小問わずの罪人など、はみ出した存在を集めた奴隷に過ぎない。彼らはいつ終るとも知らない神殿建設のていのよい労働力なのだ。
大方の奉仕者が部屋を出た頃、まだ隅に残る者がいた。
一人は寝たままの奉仕者に対し手を翳し、呪文を必死に詠唱していた。
もう一人はその様子を見ながら顎髭の生え具合を撫で、壁を指でなぞっていた。
「おい、お前ら、もうとっくに就労時間が始まっているのだぞ。さっさと部屋を出ろ」
苛立った教団員は鞭を振るいながら叫ぶ。
「ですが、ピエトロの解毒がまだ終らなくて……」
黒髪の青年は振り返らず、そう答える。
寝そべったままの奉仕者の顔色は悪く、紫色の斑点がいくつか見えた。それは痣ではなく、内側から染み出した、病による悪質なものと推測できる。
「貴様ら教団の子は光の神に守られているのだ。病などというものは心神の気持ちさえあれば自然と浄化される。まさか労働の喜びをサボろうとしているのではなかろうな?」
「監視殿、これは流行り病かもしれません。もし放置したら、ここの宿舎の全員が感染しかねません」
流行り病という言葉に教団員の歩みが止まる。彼とて心神の気持ちで病が治るなどと思っているはずもなく、もし全滅となれば管理責任を問われかねない。
「むぅ、ではその……ピエトロか、ソイツを処置室に運ぶとしよう。そこの緑の髪。お前、ソイツを運べ」
顎髭を触っていた青年はちらりと教団員を見ると、一瞬考えた後、ピエトロに近寄り、無理やり立たせる。
「ヘンリー、ピエトロはまだ安静にしていないと……」
黒髪の青年はヘンリーの行動に驚いたらしく、それを制止しようとする。
「リョカ、悪いが命令なんだ。それにピエトロの病が流行り病なら、ここに置くことで全員が危険に晒される。お前の気持ちはわかるが、こうするしかないんだ」
「だけど……」
冷静なヘンリーの意見に、リョカは唇を噛む。
解毒魔法キアリーの効果は確かにある。暫く続けることで全快も可能だと見込みもある。だが、それは衛生的な場所と十分な栄養、それに休養が必要だ。それらが望めないのはわかりきったことであり、リョカの解毒は病の進行を抑える程度でしかない。
「リョカ、僕は大丈夫だから……。今までありがとう……」
ピエトロは薄目を開けると、リョカに力なく笑い、ヘンリーの肩に捉まりながらよろよろと歩く。
「まって、せめて僕も肩を貸す」
リョカは二人に駆け寄ろうとするが、教団員に阻まれる。
「おっと。お前には別の仕事がある。解毒魔法が使えるのだったな? もしかしたら俺にもその病が移るかもしれんから、念の為に浄化を頼む」
それこそ心神の気持ちで何とかしてもらいたいことなのだが、ここで彼の機嫌を損ねてはピエトロの処置室行きも危うくなると、リョカは印を組み、解毒のために大地の精霊を集めた……。