奴隷編 奉仕者-8
「だが、リョカよ……、もしもの時のために……、お前に伝えておくことがある。いいか、お前にだからだ……」
「何言ってるのさ、ヘンリーにもしもなんて無いよ。僕、新しくべホイミを覚えようと思うんだ。そしたらもっと効率よく回復できるからさ……。だから……」
中級回復魔法ベホイミの印をリョカは知らない。けれど、弱根を吐くヘンリーを前に、何か少しでも希望を持たせようとそう言わざるを得なかった。
「ふん。俺は……、必ずラインハットへ戻る……ぞ」
胸の前で握られていたこぶしが解ける。そして、がくりと顔を横にする。
「まさか、ヘンリー? ちょっと嘘だろ!?」
リョカは彼の腕を掴み、揺らす。その腕には力強く脈打つものがあり、胸もわずかに上下している。どうやら眠ったようだった。
「脅かさないでくれよ……」
そう言いながらもリョカは彼の身体、特に青い痣の多いおなかの周りに重点的に回復魔法を唱えていた。
それは夜半過ぎ、東の空が赤くなっても、次の日の就労時間がくるまでも続けられた。
**――**
「待ってください! この人達は、リョカさんは、ヘンリーさんの看病で……、だから!」
空ろな覚醒を促すのは聞き覚えのある声だった。
ぼやけた視界に向かい合う誰か。一人は奉仕者で、もう一人は監視。
自分やヘンリー以外の誰が監視に噛み付くのだろうか?
そんなことを考えながらゆっくりと起き上がる。
「なんだ、そっちは働けるのか? おら、もう就業時間だぞ。今日も光の教団のために働けることを幸せに思え」
「お願いです。リョカさんはヘンリーさんの看病で寝ていないんです。今日は……」
ヘンリーという言葉にハッとなるリョカ。隣にはヘンリーが寝ており、その胸は呼吸とともに上下していた。
だが、唇が青く、端に血が見える。寝ている間も吐血しているのだろう。内臓へのダメージはまだ回復しきっていないかに見える。
リョカはすぐさま印を組み、ヘンリーに回復魔法を施す。眠る彼の眉間から険しさが消え、ほっとする。
「ふん、貴様は何か勘違いしているな。看病など必要ない。お前らは光の教団に奉仕することこそが至高の幸せなのだ。ほら、さっさと持ち場に行け。そっちのソイツは処置室に運ぶ」
「な、処置室なんて……。どうか、それだけは勘弁してください。必ずヘンリーは復帰できます。きっと彼は労働力になりますから、だから……」
処置室という言葉に酷く怯えるマリア。リョカは気をとられたものの、すぐに処置に向き直る。
「ふむ……、となると、そいつが寝ている間、お前が代わりに奉仕をするというのか?」
「え? えぇ……、私が代わりにいたします。なんなりと……」
「そうか……、なるほどな……」
監視の男は上唇をぺロリと舐めると、マリアの腕を掴む。
「よしわかった。それならそっちのお前。お前はソイツの看病でもしていろ。特別に許可する」
リョカは振り向くこともなくヘンリーに集中する。内臓のような重要な器官の損傷は完全に回復させなければと、神経を研ぎ澄ます。
背後で何が行われようと、今は目の前の友人を救うことが、何よりも大事だった……。