奴隷編 奉仕者-3
**――**
それは唐突なことだった。
白い、まだ汚れていない胴衣を着た女がやってきた。
新しい奉仕者で非力ながら水汲みを担当するらしい。
それだけならそう珍しいことではない。
問題なのは彼女の容姿。
靡く金色の髪、白い肌。二重瞼は悲しみに伏せられていたが、高い鼻と形の良い唇のせいで、その美貌が際立つ。きっと笑ったら優しい優雅なそれを見せてくれると思う、そんな人だった。
年こそリョカと同じくらいだが、胸の膨らみやお尻の丸みを見るに、そこそこ良い暮らしをしていたのだろうと伺える。
彼女の名はマリア・リエル。つい先日まで教団幹部の従者をしていたらしい。だが、ある「粗相」を起こしてしまい、その罪を償うために奉仕者となったらしい。
リョカは彼女を見てつばを飲んだ。これまで出会ってきた女性の誰とも違う雰囲気に、胸がざわめいた。
それはヘンリーも同じらしく、目を丸くさせながら、口を開いてしばし呆然としていた。
その日から、たびたび水飲み場に出向く働き者のヘンリーが見受けられるようになった……。
**――**
降り注ぐ太陽、神殿頂上部の作業では日差しを遮るものもなく、ただひたすら暑さに耐える必要があった。
そんな中、水飲み場だけは簡易の小屋があり、水を運ぶマリアが伏し目がちな笑顔と一緒に、ひと時の清涼感をくれた。
「すみません、水をください……」
リョカは照れくささがあったが、それは今も同じ。他の奉仕者に比べても仕事量を多くこなすリョカだが、以前より水をもらいに行く回数が増えたことを自覚していた。
「はい、どうぞ。リョカさん、がんばってくださいね」
「ありがとうございます」
それだけ言うのが精一杯だった。
かつて知り合えた女の子達なら、向こうから歩み寄るどころか踏み込んできてくれたおかげで自然と会話ができた。だが、彼女のように風に吹かれてはそのままよろめくようなたおやかさを持った人だと、どうにも腰が引けてしまう。
「マリア、俺にも水をくれ。こう暑くてはかなわないからな」
「はいはい、ヘンリーさんも午後のお仕事がんばってくださいね。あんまりさぼっちゃだめですよ?」
「はは、君から水をもらえるんだ、いつもの倍は働いているつもりだよ」
「まぁ……、うふふ」
一方で彼女に自然と振舞える友人を羨ましく思えた。
そして、彼女が彼を見る視線にも、どこか柔らかさがあることに気付いていた。
リョカは正直なところ、嫉妬していた。
この数週間、同じ場所で、同じ程度の時間を過ごしていたはずなのに、リョカとマリアでは共に奉仕者同士でしかない。
だが、ヘンリーはいつの間にか彼女と距離が狭まっていた。彼女は彼を前にして、よく笑う。愛想笑いではなく、心から楽しんでいるように。
どこに差がついたのだろう。互いに同じ奉仕者なのに、どこに差がついたのだろう。
リョカは奉仕者の仲間を魔法で癒してきた。それは確かに感謝される行為であった。
一人減ればそれだけ他の奉仕者に仕事が向かうのだから、頭数が減りにくくなるのはありがたいことなのだ。
対しヘンリーはどこかズルさがあった。監視の目を盗んではどこかへ姿をくらましていたり、要領よく監視に取り入ろうとしたりと。
なのに、彼を悪く言うものは少ない。
それが不満だった。
リョカは最近、寝る前にそんなことを考えることが多かった。
答えはわからない……? いや、少しだけヒントのようなものがあった。
それはリョカに無くてヘンリーにある何か……。
何かが決定的な差になっているのだろう。