奴隷編 奉仕者-11
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神殿建設に当たって奉仕者が不足する事態がある。
もともと過酷な労働環境で、しかも監視の気分次第の拷問もあるのだから当然だろう。
そして、それを補給する必要がある。その方法は、孤島故、船で行われる。
ヘンリーはここへきて数えてきたものがある。
一つは曜日。日付はそれほど重要になく、直ぐに飽きて忘れたが、曜日だけは壁に記していた。
一つは奉仕者の数……、というよりは死人の数。何人減ったら補給が行われるのか? これを数え始めたのはピエトロを処置室に運んでからだ。
ヘンリーはリョカに指示を出した。
――俺にはまったく回復の兆しが見えない。だからこのまま処置室に運ぶべきだろう。ただ、暴れるから一人では無理だ。マリアに手伝ってもらい、処置室に運べ。
リョカは頷き、その時間を待った。
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「監視殿、ヘンリーの様子なのですが、どうにも手に負えそうになく、処置室に運ぼうと思います……」
夜半頃、労働が終り、奉仕者達が戻ってきた頃、リョカは扉に鍵を掛けようとした監視に声を掛ける。
「ふん、やはり無駄だったか……。まあいい、許可しよう。さっさと運んで来い……」
「それが、下手に回復させたせいで、暴れてしまいまして、もう一人付き添いを必要とします。許可をお願いできますか?」
「勝手にしろ」
「ありがとうございます。マリア、お願いできるかい?」
「え、でも、ヘンリーさんを処置室になんて……」
「お願いだ。君しか頼めないんだ……」
「ですが……」
執拗に拒むマリアだが、もがき苦しむふりをするヘンリーは彼女の手を握る。
「わかりました……」
一瞬の目配せにマリアは頷き、暴れるヘンリーを起こす。
「ああ、終ったらマリア、お前は兵舎に来るように……」
「はい……」
監視の薄ら笑いを不思議に思いながら、リョカはヘンリーに肩を貸した。
リョカは薄暗い閨を出るとき、一度振り返る。噛み締めた唇から、鉄の味がした……。
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処置室とされる部屋に入ると、水の音がした。
いくつか樽が置かれており、病人の手当てをする場所には見えなかった。
「ヘンリー、ここが処置室なのかい?」
想像と全然違う場所にリョカは疑問を口にする。
「ああ、そうだ」
肩を回しながら全快ぶりをマリアに見せるヘンリーは、すぐに樽を四つ用意する。
「でも、処置って……」
「処置というのは名ばかりで、ここから海に捨てるのさ。この樽に入れてな」
「え!? じゃあまさか……、ピエトロは……」
病に倒れた彼はあの日ここへ運ばれ、樽に入れられ、そのまま……。
「言うな。俺にはどうにもできないことだ」
悔やむリョカに、ヘンリーは務めて冷静に言う。おそらくマリアも知っていたのだろう。悲しそうに目を背けるが、リョカのように驚く素振りはない。
「この樽は二重になっている。昔異国のお土産にもらったマトリョーシカとかいうものを思い出してな、一つ目で落下の衝撃吸収、もう一つで海に浮かぶというわけだ。これで外に出られる」
「ふうん。猿なみには考えたつもりなのね。でも、外に出てどうするの? そんな樽、海流に乗れなければ海を漂うだけでミイラになるわよ?」
「だ、誰?」
虚空からの声に驚くマリア。するとふわっと光が集まり、エマが姿を見せ、彼女はほっと息をつく。