『名探偵N 〜完全犯罪〜』-1
【犯罪を犯さなければ完全犯罪は成立する。
生まれたことが罪だと何処かの神様が言っていたからね――名もなき名探偵】
「名探偵、以前から聞いてみたかったのですが」
ある日、警部はこう切り出した。
「完全犯罪を暴くのと、完全犯罪を達成するのではどちらが易しいでしょう?」
名探偵は助手の方へ向き直った。
「君はどう思う?」
助手は少し考えて、答えた。
「それは、どちらも不可能なのではないですか?
暴けないから完全犯罪になるわけですが、完全な犯行なんて…」
「教科書通りの答えだな」
名探偵は切り捨てた。
「では、名探偵はどう思います?」
「そりゃ、完全犯罪に決まってるじゃないか。賭けてもいい」
賭け、と聞いて警部が反応した。
「ほう、面白い。乗りましょう」
「いいんですか、公務員が賭博なんて」
助手の呟きは無視された。
「じゃ、負けたほうの奢りでラーメン食べ放題」
名探偵は顎で壁に貼ってある紙を指した。この間のラーメンランキングである。
「いいでしょう。どういう形式でやるんです?」
「僕が今日中に何らかの完全犯罪を達成する。犯人は僕1人だからね」
「いいんですか警部、犯罪ですよ」
助手の呟きはまたも無視された。
「で、私がそれを暴けばいいんですか?」
完全に乗り気の警部。
「うん、1日僕を見張っててくれていいよ」
「いいんですか? 勝たせてもらいますよ」
「できるならね」
2人の視線がぶつかり合い、見えない火花を散らした。
その横で、ノリに付いていけなくなった助手が頭を抱えていた。
警部は、片時も名探偵の傍を離れなかった。名探偵の一挙一動を、慎重に確認していった。
しかし、昼が過ぎ、夜になっても名探偵の行動は普段と変わらなかった。
依頼した事件の調査、助手との打ち合わせ、現場視察。
軽い談笑時でさえ警部はその言動に目を光らせていた。
だが、名探偵がそれらしい行動をとる様子は見られなかった。
警部は意地で不寝番をしたが、呑気に眠る名探偵に変わった動きはなかった。
「おはよう、警部。答えは出たかな?」
「え、もう犯行は終わっているんですか!?」
「うん、とっくに」
警部は頭を抱えた。全くもって分からない。
「仕方ありません、降参です」
「じゃ、今日は警部のおごりだ。助手君、行こうじゃないか」
「ええっ! 2人分なんて聞いてませんよ!」
「聞かれなかったからね」
名探偵と助手はランキング各店舗をその日のうちに制覇し、売上に大いに貢献した。
警部は何度も財布の中身を確認し、溜息をついていた。
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読者への挑戦
ここで偉大なる先人の例に則り、「読者への挑戦」を挿入させていただく。
名探偵はいつ、どのような犯行を行ったのか?
聡明である読者諸君にはあまりにも簡単な推理だろう。
手がかりは全て明かされた。
見当はついているだろうが、もう一度検討のほどを。
では、健闘を祈る。
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「名探偵、降参したんだから教えてくださいよ」
「私も知りたいです」
「じゃあ警部以外の皆に教えよう」
名探偵は警部の耳を塞いで、
「成立しない賭けを詐欺というんだよ」