異界幻想ゼヴ・アファレヒト-8
「……勘違いしないでね。この約束を取り付けようとしてるのはあたし個人が交渉している事であって、ティトーの思惑は全く関係ないわ」
ぽつり、と言葉を付け加える。
「あたしはただ、ジュリアスの役に立ちたいだけなの」
「フラウさん……」
叶わぬ恋に身を焦がすフラウに、深花は圧倒された。
そして、こんな思いをさせているジュリアスに対して腹が立つ。
こんなに思われる資格が、はたしてあの男にあるのだろうか。
「……分かりました」
深花はややあってから、しっかり頷く。
「ろくに知らない男性二人とそういう事ができたんです。アフターケア、お願いしますね」
それを聞いたフラウが、意外そうな顔をする。
「あら、まぁ……思い切りのいい事」
この割り切りの速さは予想外だったらしく、フラウは目をぱちくりさせながらそう言った。
「……あなたなら、あたしを受け入れてくれるかしらね」
フラウの呟きを聞き逃した深花が首をかしげると、彼女はゆっくり首を横に振る。
「何でもないわ。それじゃ、ティトーには話を通しておくわね」
男性士官用独身寮の一室が、ジュリアスに割り振られた部屋である。
居間と寝室の続き部屋にシャワールームが付いた間取りで、部屋そのものがゆったりした造りなので床面積はなかなかのものだ。
特にこだわりはないので、インテリアは機能重視のシンプルなものにしてある。
夜勤や当直の類の仕事はないし、今日こなした特別メニューのために軽い疲労を覚えてもいたので、そろそろ寝るかと居間の戸締まりを確認し始めた時の事だった。
玄関ドアのノッカーが乱暴に叩かれ、廊下から自分を呼ばわる声がする。
「ジュリアス!開けて!」
女の声に、ジュリアスは困惑した。
独身寮というだけで入寮者は全員成人だし、別に女人禁制とか恋愛禁止の寮則がある訳ではない。
しかし、女とは極力親しくならないよう気をつけているジュリアスにとって、眠りの訪れる時刻に部屋を訪ねてくる女に心当たりはない。
いるとしたらフラウくらいだが……フラウはジュリアスの癖などは心得ているから、こんな事で彼を煩わせたりはしない。
とりあえず玄関へ行き、ドアを開けると……そこにいたのは深花だった。
怒りで頬を赤く染め、眉間には不快感を示す皺を刻んでいる。
「最低男!」
目が合った途端、深花はジュリアスを罵りだす。
「オタンコナス!鈍感!後は、えっと……!」
「何の話だっ!?」
とりあえず怒鳴り返したジュリアスは、人目を気にして深花を部屋に引っ張り込んだ。
暴れる深花を、居間の椅子へ放り出す。
「一体、何の話をしてるんだ!?」
「食堂で聞いたわ!フラウさんの事よっ!」
急に体の力が抜けるのを、ジュリアスは感じた。
「……フラウから、聞いたんだな」
「聞いたも何も……!」
憤慨して鼻息を荒くしている深花の姿を眺めて、一体どんな説明を受けたのかと思う。
「フラウと俺の関係の何が、お前にとって不満なんだ?」
どうして深花がこれほど怒っているのか分からないので、まずは疑問を問い掛けてみた。
「だって!フラウさんの気持ちは……!」
この言葉で、ジュリアスは深花が何を言いたいのか理解する。
「あのなぁ……」
ジュリアスは、フラウの説明を補完してやる事にした。
「何を勘違いしてるのか知らねぇが、フラウの気持ちに対する解答は五年前……出会った当初に済ませてる」
「……え?」
意外な返答に、深花は毒気を抜かれる。