異界幻想ゼヴ・アファレヒト-6
数時間後。
夕食を摂るために食堂へ行った深花は、隅の席にフラウの姿を認めた。
食事前にお湯を使ったらしく長い髪を簡単に束ねており、白いうなじが丸見えになっている。
まったく、目を見張る美女っぷりだ。
調理場から夕食を受け取った深花は、フラウの向かい席へ腰を下ろした。
「あら」
「お邪魔します」
さして驚いた風でもない声を出したフラウは、そのまま食事を続ける。
「あの……フラウさん」
ほんの少しだけ躊躇したが、深花は用件を切り出した。
「なぁに?」
夕食を平らげる手だけ止めぬまま、フラウは尋ねる。
「その……ジュリアスの事、なんですけど」
あの表情を見てしまっては何となく聞きづらく、深花は思わず口ごもってしまった。
「あのですね、ジュリアスから……自分の事を聞きたけりゃフラウに聞けって突っぱねられちゃって」
長い睫毛の向こうからアイスブルーの瞳がこちらを凝視しているのに気づくと、深花は背中から汗が噴き出すのを感じた。
今更ながらに、自分が物凄く失礼な事を質問しているのではないか……と思い至る。
そもそもジュリアスが絶縁しようと復縁しようと、自分には全く関係のない話だ。
聞き慣れない単語に興味を掻き立てられ、軽率な発言をしてしまった……そして二人に不愉快な思いをさせたのだと、深花は思った。
だからフラウの発言で、呆気にとられてしまう。
「なんだ、そんな事だったの」
フラウが、鈴を転がすような笑い声を立てた。
「そうね、あなたは知らないものね……いいわ。教えてあげる」
「あ……ありがとうございます」
他に何と言えばいいのか分からず、深花は少しうつむいた。
「そもそもの前提なんだけど……ジュリアスの本名、知っていたかしら?」
首を横に振ると、フラウは少し考え込む素振りを見せる。
「かなり長いわよ。ジュリアスは、ウィルトラウゲータ・アセクシス・エラウダ・バラオート・カイゼセンダージュ・バラト・ジュリアス・ダン・クァードセンバーニ、が本名なの」
フラウが冗談を言っているのかと、深花は一瞬勘ぐった。
「お父上は、クァードセンバーニ大公爵……ジュリアスはホーヴェリア・ゼパム建国当初から常に国政の中心にあり続けている、名門中の名門の出なのよ」
「……」
ジュリアスが実はとんでもない人物なのだという事が、真面目な表情の崩れないフラウの言葉から頭に染み渡ってくる。
「そういう人物だから、どこの馬の骨とも知れない女から寝技に持ち込まれて迂闊に正妻や愛人を作ってしまわないように、大公爵家では後継者が年頃になったら娼館に放り込んで色々と磨かせて、ふさわしからざる人物を返り討ちできるようにするのが習わしなの」
ただ口が開いていくが、それを止めようとは思わなかった。
それならば、納得できる所はある。
女に対して妙に慣れた態度も、ティトーの『ジュリアスには及ばないがそれなりに場数は踏んでる』という言葉の意味も……。
しかし。
「どうして実家と絶縁する事に……?」
そんな凄い実家にフラウがどう関わって、親子が絶縁する羽目になってしまったのかは……まだ分からない。
「ジュリアスはあらゆるものに恵まれているけれど、まだ不足しているものがあったのよ」
フラウが、自嘲気味に笑った。
「あたしは、それを埋めるために大公爵からジュリアスに引き合わされた。けど、ジュリアスはその方法に激怒して……私を連れて家を出ると、そのまま絶縁しちゃったの」
「そうだったんですか……」
大きくため息をつきながら、深花は言った。