-咲けよ草花、春爛漫--3
『文学部の作品集、芹沢君の名前なかったから。部活には入ってないのかと思ってた』
『幽霊部員だからな』
苦笑する俺に、小日向は満面の笑みを浮かべて言う。
『それって、文芸は好きだけど部自体にはあまり興味がないってこと?』
この笑みでもって訊く内容じゃないと思うんだが。
しかし彼女の言葉は事実だ。それに俺は、このまま文学部で幽霊部員を続けているよりはいっそのこと当初の予定通り帰宅部に転部――この場合“転部”とは言わないかもしれないが――するつもりであった。
『俺んち学校から結構遠いしさ。文学部って思ったより拘束時間が長いし、俺自身あんまり部活に参加する気もないから、そろそろ潮時かなと思って』
言って肩を竦めると、小日向は俺の肩をがしっと掴んだ。
身長160cmちょっとの俺は小日向とそう背が変わらない。彼女が背伸びすることなく、また上目遣いになることもなく俺の瞳を捉えていることに、少し哀しくなった。
『なら、文藝研究会に入ってみない?』
『は? いや、だから俺はもうサークルは』
『だーいじょうぶ! 文学部より全然活動は盛んじゃないから、もし緩くやりたいなーって考えていたら、是非入って欲しいなと思って。是非入って欲しいなと思って』
……二回も言われましたが。
文藝研究会に入って、とそんな無言の圧力が俺に圧し掛かる。
『じゃ、け、見学するだけ……なら』
俺は思わずそう答えてしまったのだった。
『――春からずっと文芸に興味ありそうな子に片っ端から声をかけたんだけど、みんな文学部の方に取られちゃったんだ』
文藝研究会が部室を構えるサークルC棟へ向かいながら、俺の傍らで彼女は苦笑した。
聞けば彼女の中学時代の先輩が、文藝研究会の副部長を務めているらしい。そして今年は文藝部の新入部員が小日向だけなのだという。中学の頃からの後輩であれば気配りなど必要ないのだろう、彼女は一年生なのにもかかわらず、春から勧誘役を任されているそうだ。そんな小日向に俺は少し同情した。
『去年、文学部部長が、【文藝花風】の投稿で学生賞を獲ったじゃない? そのせいで、文学部にはすごく人が集まっているみたい』
『ああ、確かに新入部員はかなり多かった気がする。歓迎会の時、あまりにも多すぎて、こりゃ名前覚えられねぇなと思ったもんだ』
四月の入部歓迎会のことを思い出しながら、俺は他人事のように言った。
それなら大丈夫、と小日向は笑う。
『うちは全員で五人しかいないから、すぐに名前を覚えられるよ』
……そりゃまた相当な弱小部で。
他愛ない会話をしているうちに、サークルC棟に着いた。C棟の隅っこ――いかにも弱小部然とした部室に俺が苦笑していると、その扉を小日向は勢いよく開けたのだった。
2. 文藝研へようこそ
――ちらちらと色づいた楓と銀杏の葉が舞う、小さな神社の境内。
俺は文藝研究会の連中に囲まれ、酒を強要されていた。
『おい、一年坊主! あたしの酒が飲めないっていうの!?』
『いや、その……未成年ですし。なあ、鈴代?』
文藝研副部長の藤村江利香(フジムラエリカ)女史は、据わった目で俺を射抜き、ずいと日本酒がなみなみ注がれたコップを突き出す。
俺が困ったように、傍らの鈴代和真(スズシロカズマ)に目を向けると、彼は藤村副部長に向かってにこりと微笑んだ。爽やかな好青年、といった印象の鈴代はビールの缶を持ち上げて言う。
『俺はちゃんと飲んでますよ、藤村先輩』
(う、裏切り者!)
俺は心の中で叫びながら、文藝研に入ったことを早くも後悔した。