百獣の女王 T-9
「えっと、猫の名前を考えてました」
「猫? 飼い始めたのかい?」
「ええ、まあ。飼うと言うか同居しているようなものです」
「同居か・・・真村君らしい言い方だな」
左藤さんが笑った。
何となく一緒に暮らし始めたが、黒猫は2、3日もすれば出て行ってしまう様な雰囲気を持っていた。だからあえて名前を付けなかったのだが、かれこれもう一週間経つ。
名前がないと不便だと思うようになってきて、俺は仕事中に黒猫に似合いそうな名前を思いつくと口に出すようにしていた。
黒猫の姿を思い浮かべて色々な名前で呼んでみたが、どれもしっくりとこない。
「左藤さんは猫を飼ってますか?」
参考になるかもしれない、と俺は試しに聞いてみた。
「ああ、このあいだ娘にせがまれてね。家でも飼うことにしたんだ」
「へえ、どんな猫なんです?」
「何と言うか、人形みたいな猫だよ。ラグドールっていったかな?」
「へぇ、何かおしゃれな名前ですね。娘さんが付けた名前ですか?」
「いやいや、それは品種の名前だよ」
「あらら」
「まだ子猫でね、マル子って言うんだ。本当に可愛らしいんだけど・・・何故か僕にだけは懐いてくれないんだ」
「それは、残念ですね」
「ところで、真村君の家にいるのはどんな猫なんだ?」
「ああ、俺のところにいるのは、」
「おい左藤!」
俺が黒猫の特徴を口にしようとした時、後ろから厳しい声が聞こえた。
「大事なプレゼン前の一分一秒でも惜しい状況でよくそんな風に世間話ができるな?」
「す、すみません、部長。直ぐに仕事に戻ります」
左藤さんは慌てて平謝りをすると、俺に目配せをしてからこの場を離れて行った。
「全く・・・・・・」
左藤さんを叱りつけた上司らしき人は意外なほど若かった。
俺より大分背が高く、そのくせほっそりとしたモデル体型をしていて、サラサラの黒い髪に鋭く整った顔立ちが印象的な人だった。
身に付けているスーツは間違いなく高級品だろう。コロンか何かを付けているのかうっすらと良い匂いも漂ってきている。
「君」
「あ、はい」
突然声を掛けられて、俺は反射的に畏まった。