百獣の女王 T-8
ジリリリリリ、と目覚まし時計が派手に騒ぎ立てていた。
俺は布団の中から手さぐりで目覚まし時計を探すが、見つからない。
あれ、どこにおいたっけ?
布団から這い出て騒音の発信源に寝ぼけ眼を向けたところで、音がはたと鳴り止んだ。
「おはよう」
取りあえず俺はそう言った。
黒猫の前足が目覚まし時計を黙らせていた。
黒猫の朝食に俺はいつも食パンを焼いてやる。
ちょっと焼き目が付く位でトースターを止めて、皿にのせてテーブルの上に置いておくと、黒猫はテーブルの上に飛び乗り、前足を器用に使って食パンを頬張りはじめる。
俺の朝メシもパン1枚で、バターを付けてさくさくと胃袋に納める。コーヒーを飲みながら台所の置き時計を見ると時刻は午前7時5分。
ん?
俺はコーヒーを噴き出しそうになった。もう出勤時間をとうに過ぎていた。
何でだ?
俺はハッとなって目覚まし時計を探した。案の定タイマーが休日仕様になったままだった。
俺は急いで身支度を済ませてから「じゃあ行ってくる」、と食事中の黒猫に告げた。
リュックを肩にかけて靴を履き、玄関のドアを開けてからふと振り返ると、黒猫がちょこんと俺を見送るように座っていた。
俺は玄関から少し離れたテーブルに目をやると、黒猫のぶんの食パンがまだ半分ほど残っているのが見えた。
何だか嬉しくなった。
「今日の晩メシは豚肉を焼いてやるからな」
黒猫の好物を口にした俺は、遅刻しそうなことを忘れて上機嫌でアパートから出て行った。
「クロスケ」、良い感じだと思うが何だか安易過ぎるような気がした。
「ブラック」、さらに簡単にしてカッコよくしてみたが、どうもしっくりこない。
「プライス」、「ギャズ」、「マクミラン」、人名はどうかとパッと思いつく名前を口にしてみたが、う〜んと頭を捻ってしまう。
「さっきから何を呟いてるんだい?」
ビルの窓を拭いている俺に声をかけたのは、俺の会社が清掃を担当しているオフィスビルでサラリーマンをしている左藤さん。
バーコード頭と分厚い眼鏡が特徴的な、ちょっと小太りの中年男性だった。
掃除をしている俺にちょくちょく話しかけてくれる人で、最近メールのやり取りもするようになった。