百獣の女王 T-7
「気になるのか?」
黒猫が俺を見てから、早くしろと急かす様にパッケージを睨んだ。
「あら」
箱の中身はバウムクーヘンだった。バースデーケーキのような大きさで白い粉がまぶしてあった。
とても美味そうだ。黒猫は箱を開ける前から匂いで中身が分かっていたんだろう。
「食べるか?」
聞くや否や黒猫がバウムクーヘンにがぶりと食らいついた。
「もうちょっと待てんのか?」
俺は苦笑しつつ、包丁と皿を取りに台所へ向かった。
披露宴でかなり食べていたこともあり、俺は6分の1ほど食べた程度で満腹になった。だが黒猫はまだバウムクーヘンにかぶりついている。このまま完食しそうな勢いだ。
この黒猫は一週間前、道端で俺の行く手を遮るように突然現れた。何となく家に入れて、何となく一緒に暮らすようになった。
俺はネコは苦手だったが、この黒猫は何となく好きになれた。
愛らしい仕種とは無縁で、鳴き声を上げたことは一度もない。
俺とは一定の距離を取りつつも、仕事から帰ると必ず出迎えてくれるような律義な性格をしていた。
可愛がられるのを嫌っているが、それでも俺が落ち込んでいると触れと言わんばかりに近寄って来てくれることがあった。
俺はこの黒猫をペットではなく同居人のように接している。
「全部食う気か?」
黒猫の動きが止まった。金色の瞳が俺を責めるように見つめる。
「そんな顔するなよ」
黒猫の目が動いた。視線の先には綾菜の分の引き出物がある。
ああ、そうか。
コイツには度々驚かされる。
引き出物はふたつ。ひとつは俺のぶん、もうひとつは自分のぶんと考えていたらしい。バウムクーヘンに包丁を入れた時に俺を睨んでいたが、そうかそのせいだったんだな。
「悪かったな。あれは友達から預かったぶんだ。俺のじゃない」
それを聞いて黒猫は食べるのを止めた。何となく申し訳なさそうな顔をした、ような気がする。
「いいって。全部やるよ」
黒猫は少し迷ったようだが、食欲に負けたのか再びバウムクーヘンにかぶりついた。
「腹壊すなよ」
俺はここ一週間黒猫の食事を世話してきたが、コイツはとにかく食べる。出した物は残さず平らげた上で、俺のメシを狙ってくるのである。
コイツの食い意地は相当なものだ。
孤高の黒猫にも可愛らしいところがあった。