百獣の女王 T-12
俺は電車に揺られていた。
いつ電車に乗ったのか分からない。
全然知らない人。
さっきから狂ったように俺の頭の中で響いていた。
「全然、知らない人」
口から勝手に流れ出ていた。
全然、知らない人
「綾菜」
俺は知っている。けれど、全然知らない人。
・・・・・・降車駅はとっくに通り過ぎていた。
俺の鬱屈とした気分とは裏腹に、夜空は曇りひとつなくどこまでも綺麗だった
「全然知らない人、ねぇ。どんだけ存在感ないんだよ」
俺は真ん丸の満月を見ながら自嘲するように言った。
あれから電車を乗り換えて何とか終電前に自宅の最寄り駅に降りることができた俺は、アパート近くの公園のベンチに座っていた。
歩いて家まで帰れる気力がなかった。
「はあ・・・・・・」
俺は項垂れて、地面に吐き捨てるように溜息をついた。
綾菜は度が過ぎるほど恋愛が好きな質だった。
非常に整った可愛らしい顔立ちに、背丈の低さに反した肉感的な身体つき。綾菜はそんな自分の魅力を余すところなく利用できた為か昔から男に困ったことがない。
そのうえ小さい頃から健吾兄さんのような人を見てきたせいか男の理想が異様に高く、全てに対して並であった俺は恋愛対象として見てもらったことがなかった。
男として見てもらえない。けれども俺は綾菜と恋人同士になることを夢見て何度も告白をして、その度に玉砕してきた。
手酷くフラれた時など、絶対に諦めてやろうと思ったのに。
綾菜はいとも簡単に俺の心を奪っていく。
『草太ってさ、何て言うか草だよね』
いつだったか、綾菜が俺に言ったことがある。