百獣の女王 T-10
「サボってないでさっさと掃除を始めたらどうだ?」
「すみません」
俺は頭を下げて窓拭きを再開した。
この人、まだ若そうなのに部長か・・・大したものだ。良子姉さんを男にしたらこんな感じだろうか?
「あら、兵藤さん?」
俺がそんな下らないことを考えていると、柔らかそうな女性の声が聞こえた。
どんな容姿をしているのか気になったが、先ほど注意されたばかりだ。振り向きたかったが真面目に働こうと俺は我慢した。
「これは、三笠部長。予定では大阪に発っている筈では?」
この女の人も部長か。凄いな。
「部下のミスでね、急にこっちに戻らないといけなくなったの」
「そうでしたか。ああ、だから木崎さんが居なかったのか」
兵藤、とは左藤さんの上司のことらしい。ひょうどう・・・・・・ヒョウ、か。
男版良子と認識していただけに、イメージはピッタリだった。真っ黒な髪の毛と似たような色のスーツを着ているからさしずめ黒豹といったところだな。
「それでこのあいだ紹介した人はどうでしたか?」
「駄目ね。良い人だったけど私的にNG」
・・・・・・あれ?
どうでもいいことをつらつらと考えていたせいか、俺は2人の会話が変わっていたことに今ごろ気が付いた。
「兵藤さんは相手になってくれないの?」
「申し訳ない。昨日彼女ができたばかりでね。今日の夜はもう予定が入ってるんだ」
呪文のような仕事の話をしているかと思っていたら、2人はいつの間にか男女の会話をしていた。
アイツ・・・・・・
左藤さんにはあんな風に言っておいて、自分はそれか。
一分一秒でも惜しいんじゃなかったのか?
俺はふつふつと怒りが湧いてくるのを感じたが、掃除の手は緩めなかった。
俺が黙々と働いている間も、2人はどうでもいい恋愛話に花を咲かせている。
・・・・・・気に入らない。