どこにでもないちいさなおはなし-56
「イヴ様、僭越ながら御見せしたい物があります」
リールが顔を上げ頷きました。女王は立ち上がり、大臣を呼びました。
「あの部屋へ行く。誰も寄せるな。廊下からも人払いを」
大臣は跪いてその命を受け立ち上がると慌しく部屋を後にしました。
女王は立ち上がりリールの側に立ちました。
「どうぞ、私の後についてきてください」
椅子をそっと引きリールが降りるのに手を貸し、頭を下げてから女王は歩き始め、リールもそれに続きました。廊下は先ほどとは打って変わって誰も居なくなっていました。ただ植物だけが壁一面に蔓延り、風に揺れていました。
「本当に植物が立派に」
リールは思わず呟いていました。ネーリアから話は聞いていましたがここまでとは思っていなかったのでした。
「はい。メリーガーデンは自然が一番大事ですので」
女王は立ち止まりそっと側にあった植物の花芽に触れました。すると夜なのにも関わらずその花はそっと花を開いて淡い甘い匂い漂わせました。女王はそっとその花を折るとリールに差し出しました。
「どうぞ」
リールは受け取ると綺麗と呟き、女王はまたそっと歩き始めました。
やがて階段が見えてきて二人はゆっくりと昇りはじめました。
半分程昇った所で女王が口を開きました。
「本当は迷っていたのです。家臣からは御見せしない方がという意見もでました」
リールは立ち止まり女王を見ました。女王は昇る足を止めずに進みました。リールもその後を追い、二人はようやく古ぼけたドアの前に着きました。そのドアの側には古くなった木の椅子が一客置いてありました。女王はドレスの袖から鍵を出すとそっと鍵穴に差込み回しました。ギギッと音を立てながら扉を開けると中は煌々と明かりが入り、白い壁に白い天井、白い床の部屋でした。丸い部屋の中にはぎっしりと七色の蔦が蔓延り、そこだけは枯れる事無く色とりどりの花が咲き乱れていました。
「この部屋は特別な、時間の流れが遅い部屋なのです。私でも滅多に入らない。特別な理由がある時に私が決断を下し、この部屋を開けます。……どうぞ」
女王は横にずれるとまずリールを入れました。部屋の中央には白いベッドが置いてあり、その上にいくつかのクッションが真ん中に寄せてありました。リールははっとして駆け寄りました。そこには茶色の耳の兎が脱力した形でそっと寝かされていました。
「彼が手紙を持ってきました。……信じられませんでした。私の国にも彼はよく立ち寄って先代のイヴ様の近況を話してくれたり、知らない国の事を話してくれました」
リールはベッドによじ登り、その顔を見ました。安らかな眠っているような顔でした。
「彼だけはどうしてもこの部屋に寝かせてあげたくて、決断を致しました。昔の王はこの部屋を使った事で王の座を追われた事がありましたが、私はこの事で追われたとしても決して後悔は致しません」
白い手袋を外してリールはその顔にそっと触れました。冷たく硬くなっているはずの身体はまだ温かく、毛もふわふわのままでした。