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どこにでもないちいさなおはなし
【ファンタジー 恋愛小説】

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どこにでもないちいさなおはなし-53

「……な、何をしているの?」

リールは恐怖を感じて目を見開きました。マイティはそっとティアンを抱き上げると自分の上着をかけました。

「大丈夫。眠ってるだけさ」

それからそっとリールに近づくとあと数歩という距離で立ち止まり、そっと跪きました。そしてそっと頭を下げました。リールはその動作全てをじっと見つめたまま目を見開いていました。

「リール……、いや、イヴ・ネーサ様」

恭しくそうマイティがリールの事を呼びました。リールの身体がびくっと震えました。

「お願いがございます。マイティ・マイティ、最初で最後のネーサ様へのお願いにございます」

リールは怖くてたまりませんでした。だからマイティに何も返事をする事が出来ませんでした。それでも一向に構わないと言った風にマイティの言葉は続きました。

「大事な私の仲間のマイラとジャック、そして貴方様の大事なご友人のティアン、そして何よりも貴方様をこの事態から救うために、私をただの兎に戻して頂きたい」

マイティが顔を上げました。いつものあの優しい瞳でリールをまっすぐに見つめました。リールは見つめられ混乱する頭で思い出しました。その瞬間に涙が両方の瞳から溢れて落ちました。

「いけません、出来ません、それだけは成りません」

敵がすぐ側にいるのにも関わらずリールは大声で否定しました。マイティが言っているのは『語る者』としての力を奪う事でした。それはただの兎に戻り時間が逆戻りするのでした。普通の人よりずっと長く生きて長く時を見つめて長く話を聞いて長く語ってきたマイティを普通の兎に戻せば、その身体に掛かる負担は計り知れず、捻じ曲げた時間は彼の命を奪う事になるのでした。

「ですが、力を失ってもしばらくは動けます。ただの兎に戻って貴方様の手紙をメリーガーデンの白髪の女王に届ける事くらいは、このマイティ・マイティには容易いのです」

マイティはいつものようにふざける事も無く、そっとそのふわふわの手でイヴを撫でる事も無く、片膝を着いた姿勢のままそう告げました。

「でも……っ、でもっ」

リールはそれしか本当に方法がないのか考えをめぐらせました。ですが何も浮かびませんでした。蝶を使えば自分の居所がばれてしまいますし、ティアンを巻き込む訳にはもっと行きませんでした。
それを見たマイティはいつものようにへらへらと笑いました。

「良いんだよ、リール。それしか無い時は、良いんだ。オレ達はリールが目的を果たすために居るんだから」

リールはたまらずにマイティに抱きつきました。走ったせいでいつもより動物臭い身体に顔を埋めて大声で泣きました。マイティはリールの頭を本当に愛しそうに撫でて耳元で囁きました。

「それにそろそろ会いたいんだ。会ってあの時言えなかったあの言葉を言いたいんだ。あの子に。君の兎は立派に世界の為に働いたって、誉めてもらって頭を撫でてもらいたいんだ。リール、君の事も本当に大好きで大事だけれど、それでもオレにとってはあの子が一番忘れられないんだ」

マイティはリールを無理矢理剥がすと荷物から紙とペンを取り出しました。

「さぁ、書いてください。必ず女王にお届け致します。このマイティ、命を懸けて」

リールは震える手で紙とペンを受け取り、涙を流しながら自分の居る場所をマイティの指示通りに書きました。何度も何度も字を間違え、涙で文字を滲ませながら。


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