どこにでもないちいさなおはなし-46
「だってマイティ、彼女はもう十分だった。もう助からなかった。だから苦しまないようにするのも私の役目でしょう?」
二つのガラス玉が月の光に輝いていました。ジャックはそっとそれを拾い上げるとマイティに渡しました。
「沈めてやれ。またこれが新しい命になる」
マイティはそれを受け取ると川岸へ向かい、ひとつずつに話しかけながらそっと水の底へと入れました。
マイラはその様子を見ながら灰色になった人魚の身体の上を両手で撫でました。するとその身体は何も無かったように消え去りました。
「ありがとう、マイラ、マイティ」
リールはそう呟くと今亡くなった命を惜しむように短い祈りを捧げました。
次の日、ティアンはマイラからその話を聞いて目を大きく広げました。
「何だって、小瓶が?じゃあっ」
そう言いかけた所で背後から物音がし薪を拾いに行っていたリールとジャックが帰ってきたのでマイラの目配せもあり打ち止めました。
マイラが作った朝食をその後五人はもそもそと食べました。軽くあぶっただけの厚切りのハムと硬くなったパンがご飯でした。
「ねぇ、みんな」
静かなその時間を破ったのはリールの一言でした。全員が一斉に顔を上げ、リールを見ました。リールは金属で出来たお皿を膝に置くとみんなの顔を見回していいました。
「もう予想がついてると思うけど、臍に行こうと思うの」
ティアンはハムがまだ残っていたのに皿を落としてしまいました。その音でリールは身体を一度大きく震わせ、マイラとジャックとマイティも思わずティアンを見ました。ばつが悪そうにティアンはお皿を拾い上げまたリールの方を見ました。
「臍に行かないといけないの」
リールはそう強く言いました。ジャックとマイラとマイティは分かっているというように頷き、ティアンは何も言わずに俯きました。
「でもその為には船がいるだろう?どうするんだい、キメールはもう無いんだし」
マイティが最後のハムを口に入れて言いました。もぐもぐと口を動かす度に髭が揺れます。
「メリーガーデンに頼もうと思って」
マイラが眉をしかめます。ジャックは枝を拾い焚き火をつついていました。
「でも入れないだろう?マイティの話じゃ結界が張ってあるってことだしねぇ」
マイラがカップに入ったお湯を飲みながら言いました。リールも頷き、肩を落としました。
「そう、なんだけど。でもラーがない今、メリーガーデンしかないの」
小さな声でそうリールが言うとそれまで黙っていたジャックが口を開きました。
「とにかく、行ってみるだけ行こう。それがイヴ様の意思なら我々は背けんよ」
マイティとマイラも渋々頷くと早々に食べ終え身支度を始めるのでした。