どこにでもないちいさなおはなし-41
「……まさか、ここまでとは、な」
ジャックが呟き、ティアンは疑問を浮かべたままの顔で彼を見上げました。
「ジャック?」
ティアンが呼びかけるとジャックは小さく首を振って馬を走らせるのでした。
その頃マイラとマイティはマイラの家の外にあるゴミを入れる為に置いてある二つの樽に別々に入りじっと兵士が去るのを待っていました。樽の蓋は乗せてあるだけでしたがマイラはそこに銀の蝶を張り付かせ蓋が開かないようにしたのでした。
日が高くなって辺りに昼食を作る香りが漂う頃やっと兵士たちはその場から退散し、二人はすっかり生ゴミ臭くなった身体をその狭い樽から出すことが出来ました。
「エライ目に遭ったな。臭くって臭くて鼻がひん曲がりそうだ」
マイティは黒い鼻をぴくぴくと動かしてはヒーッと声を出し、マイラもそれは同じなようで両手で身体を叩いていました。
「とにかく、支度を整えて後を追わない事には何にも始まらないさ。先に水浴びをして情報を集めてきておくれ」
「下手に動いたらイヴが居るってばれないか俺はそっちの方が心配だけどね。情報を集めるなら、マイラ、君の方が適任じゃないかい?何たってこの街に十年以上住んでいるんだし」
集って来たハエを苛立ちながらマイティが言いました。マイラは首を振り纏めてあった髪を解きながらその言葉を否定します。
「いいや。今朝の騒動を知ってりゃ誰も口を開かないさ。それよりあんたなら世界を語ってきた名があるだろう」
マイティはやれやれと肩を動かして頷きました。
「はいはい。と、言ってもここはあのジュリアスの国だからな、多くを望んでもしょうがなさそうだけどね。今頃戒厳令でも発令されてて異国の民とは話すななんて言われてそうさ」
「そりゃぁね、だからこそ、語る者に頼んでるんじゃないか」
マイラは裏口の扉を開けに行き、歪んだ木戸を蹴っ飛ばして開けるとため息をつきました。
「あんたが情報を集めている間にあたしは多少の食料でも用立てるよ」
マイティはマイラの脇をすり抜けるように中に入り兵士が容赦なく荒らして行った残骸の上をひょいひょいと進み風呂場へと向かっていきました。
ようやく街からずいぶんと離れた所までやってきてジャックは馬を止めました。お尻が痛くなっていたティアンは止まった衝撃で落ちそうになりましたがぎゅっとリールを抱きしめてなんとか持ちこたえました。ジャックは先に自分が馬から下りると、馬の顔をそっと撫でてやりました。それからリールを先にティアンから受け取り、片手で抱くとティアンも片手で降ろしました。