どこにでもないちいさなおはなし-26
それから2時間後。
マイラは乱れた髪を結い直していた。
マイティは煙草の煙を吐き出すと、まずそうな顔をして、それを灰皿でつぶし消した。
「しょうがないだろう?君が言った賭けにオレが勝ったんだ。抱かせてくれるって約束だったじゃないか」
ウサギ耳をひょこひょこ動かしながら、目も口も笑って、マイティが言う。
「……分かってるさ。内緒にしといておくれよ。あんたなんかと寝たって分かったら、
あたしはもうアイツに振られるんだからね。そしたらあんたを殺しにいくよ」
振り返り、着物を直してマイラが言う。
眉がつりあがっていた。
「はいはい。……ま、殺せるもんなら殺して欲しいくらいけどね。オレは」
ぐーっと伸びをしてマイティが言う。
マイラは目を細めた。
「何だい。こんな風になったのは姉上のせいとでも言いたそうだね」
腕をおろしてマイティはマイラを鏡越しに見た。
「違うとでも?彼女に会わなければ、俺は今ごろ土の中。無事に転生してパン屋でもやっていたかもしれないだろう?何度と死ぬような場面には遭遇したのに、いつもオレだけ生き残る。街から街を渡り歩き、酒場の2階で寝泊りするためにオレは生まれたんじゃない」
マイティは冷たい声で早口で言った。
マイラは目を細めたまま手だけ握り締めた。
「あぁ、そうかい。で、何だい。この街にきたのは。観光かい?」
「観光?オレが何も知らないとでも思ってるのか。オレは『語る者』だぞ?語るべき内容くらい、色んなとこから入ってくるんだ。君こそなんであの蝶を飛ばした?……隠すなよ。見てたんだ。全部」
マイティはにやりと、笑った。
蝶を見たときと同じように。
リールは泣きじゃくったまま必死に黒いマントの男から逃げる方法を考えていました。それはティアンも同じでしたが、さっぱり、思い浮かばず、マントに隠れているのが精一杯でした。
店内は相変わらず殺し合いが行われ、二人が隠れている左右では誰かが倒れる音がしました。
ティアンはマントがひらりと揺れた瞬間に、白目を向いた老人の顔を見たのでした。
「ひっ……」
息を呑み、ティアンは目をつぶりました。
ティアンは自分に力がないこと、何も出来ないことが情けなくて、悔しくて仕方ありませんでした。
頭の中にはぼんやりと一人の男の人が浮かびました。
あぁ、こんな時にあの人が居てくれたら。
ティアンは思いました。
誰だろう、と。
でも、やっぱり頭にはその人が浮かんでいて、目を閉じて考えました。
その時。
「うぐぁぁっ」
リールのいる方から男の断末魔が響き、どさっと床に倒れる音。
それから怯えたリールの叫び声が聞こえました。
「きゃぁぁぁっ!!!!」
「ガキが出た!!そっちのガキのが褒美が多いんだぁっ!よこせ!」
ティアンを隠していた男が舌打ちをしました。
そしてティアンをつかみがっと窓の方へ投げました。
ティアンは窓ガラスを体で突き破り、外へ投げ出されました。
咄嗟のことで何も出来ず、頭を強く打ちました。
ぐるぐると世界が回り、意識が遠のいていきました。