どこにでもないちいさなおはなし-23
「……んーっ!!!」
口を塞がれても二人は懸命に声を出そうと喉を動かしました。
男たちは疾風のように早く走り、足音すらたちません。
リールは怖くて涙が溢れていました。
男たちはずいぶんと走って街―マイラの店とは反対側―の外れへと着きました。
一軒の寂れた酒場の木のドアを押すと、中へ二人を抱えたまま入っていきました。
埃っぽい店内は薄暗く、古ぼけたボロボロの数箇所のテーブルには目をギラギラとさせた男たちが、いました。
店内の男たちは、入ってきた男たちを見る事なく、小さな客へと視線を向けていました。
二人は床へ下ろされると、互いへ近づき、ぎゅっと抱きあったのでした。
「貴方にどうしてもお会いしてお願いしたい事があります。このような扱いをさせてしまい、本当に申し訳ありません」
薄暗い湿気に満ちた地下牢で金髪の女性は頭を、目の前の青年よりも深く下げた。
シャラン、と、耳につけたアクセサリーが音を鳴らし、狭い地下牢にそれは小さく儚げに響いた。
ジャックは慌てて頭をあげ、鉄格子に近づいた。
「やめてください、イヴ様!!オレなんかに頭を下げてはだめです。オレは会え、いえお会いできただけで十分なんですから」
手は格子を握り締め顔を近づけてイヴを見た。
「ありがとう。今、出しますから」
イヴは顔をあげ、足早に牢へと近づく。
右手を開くと小さな銀の鍵を鍵穴に入れた。
5ヶ所の鍵を手早く開けると、扉を開けた。
「さぁ、早く」
白い滑らかな手をジャックに向け差し伸べる。
ジャックは鞄をひったくるように取り上げ、恐る恐るその柔らかい白い手を取った。
二人は寝ている門番の横を息を殺して通り抜け、地下牢を出た。
イヴに手を引かれ、ジャックは小走りに宮殿内へ入った。
あんなにうるさい声が響いていた城内がうそのように静まりかえっている。
辺りを探るように見渡した。
頭の隅に目の前にいる女が偽者かもしれないという考えも過ぎった。
けれど、無事、牢からも抜け出せたのだから、殺るのは宮殿を抜けてからでも遅くないと考えた。
「……どこへ行くのですか?」
ジャックは小さな声をかけた。
イヴは少し振り返り、短く告げる。
「私の自室です。あそこならば、誰も踏むこめません」
ジャックは思った。
いよいよこれはだまされているのかも、しれない、と。
静まり返った宮殿内。
ジャックはイヴに手を引かれ長い階段を上り終えた。
少しも息が上がらないまま、最上階の踊り場へ足を入れる。
そこには銀の大きな細かい細工の透かし模様の扉がある。
その扉の向こうには幾重にも薄い布が掛かり、外からは中の様子は見えなかった。