幼年編 その五 ラインハットへの旅路-8
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東へ向かうこと二日目、何度か魔物の群れに遭遇するも戦力としての頭数が増えたリョカ達が苦戦することはなかった。
もともとパパスの剣戟だけでも余裕であったのだが、ガロンの鋭い牙、シドレーの燃え盛る火炎に魔物達は恐れをなし、無用な戦いを避けることが出来た。
緩やかな山道に差し掛かった頃、パパスは歩を止める。
「このままのペースなら明日には着くだろう。だが今日はもう日が暮れるだろう。だからここいらで野宿をするぞ……」
日はまだ西の空に傾きかけたばかり。だが、今進むとなれば山道で夜を明かすこととなる。夜の山の天気は変わりやすいのが常識であり、下手に進んで野営の準備ができなくなるおそれもある。
リョカは荷物を降ろすと、辺りを見回して燃えやすそうな木々を拾い集める。
シドレーは一本の生木に火をともすと、リョカが集めてきた枯れ木をくべる。父が野宿の準備を始めたので、リョカは夕飯の準備をしようと干肉、固めに焼いたパンを出す。
こうして旅のひと時の安らぎの時間が訪れた……。
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侘しい夕飯を終えたあと、リョカは寝袋で横になる。
ゆらめく炎をみていると徐々にうとうとしてくる。
今日もよく歩いた。明日の山越えを終えたら、東国の境界となるライン川にたどり着くだろう。
子供の頃のうろ覚えの記憶だと、水と緑の豊かな国だったと記憶している。土壌が肥えていることもあり、のんびりとした農業国とサンチョにも言われていた。
だが、焚き火の向こうのパパスは険しい顔つきで剣を磨いている。
油断怠りなき父ならいつものことなのだが、今回の旅ではやや違う。
例えばリョカの装備だ。これまで使ってきた銅の剣を廃し、代わりに鋼の杖――明らかに攻撃力のありそうなもの――と刃の施されたブーメランをくれた。そして旅人の服も新調し、さらには鎖帷子も用意していた。
「父さん、まだ寝ないの……」
いまだ剣の手入れに余念の無い父にそっと声をかける。
「ああ、眠れないのか? すまんな。もうすぐ終る……」
「そうじゃなくて、そんなに危険なのかな……」
パパスはその問いかけに少し考えたあと答える。
「うむ……。そうだな、不安なのかもしれんな」
「不安? 父さんが?」
父のような戦士にも不安があるのだろうか? あまりにも意外な答えにリョカは勢いで起きてしまう。
「私だって不安はあるさ」
息子の驚きにパパスは笑って答える。
「だって父さんはすごく強いじゃないか……」
「まあお前から見ればそうかもしれんな。だが、私の強さはせいぜい身の回りの人間を守れるぐらい……、いや、それも出来ないか……」
ため息をつく父の姿は非常に小さく見えた。そして、身の回りの人間を守れないという言葉に酷く違和感を覚えた。
今日までの旅路で、パパスがリョカを守れなかった時があっただろうか? 思い出してもそれはリョカがパパスに隠れてオラクルベリーの外へ出たときくらい。
「父さんは僕のことを守ってくれてるよ……」
その感謝の気持ちからか、うなだれる父に何かを言わないと気がすまなかったリョカ。
「ああ、私の最後の希望だからな……」
そう言うとようやくパパスは剣の手入れをやめ、焚き火を小さくする。
「明日も早いからな。私も寝るとしよう……」
「はい、おやすみ……」
リョカは静かに目を閉じたが、パパスはしばらく焚き火の向こうに居る息子を眺めて居た……。