幼年編 その五 ラインハットへの旅路-6
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椅子を引く微かな振動で目が覚めた。慌てて立ち上がると、室内で老齢の完了とパパスが握手をしているのが見えた。ようやく用事が終ったらしく、二人の兵士を連れながら玄関に向かっていた。
「ふぁ〜あ、僕もおなか空いたしおやつ食べたいな……」
リョカはまだお昼も食べていないことを思い出し、そそくさと玄関に向かった。
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物陰から客人が帰るのを見送ったあと、リョカはそっと家に戻る。
居間には独特の臭いのするバニアティが手付かずで残っていた。リョカも本当のところあの香りが好きではないのだが、パパスはなぜかそれを好み、それはサンチョも同じだった。
パパスはじっと何かを考えている様子で、リョカがやってきたことにも気付いていないように見える。
「ねえ、父さん。さっきの人は? ラインハットの人?」
「ん? ああ、居たのかリョカ。ああ、少し困ったことがあってな……」
話しかけるとようやく気付いたらしく、ふうとため息をつく。
「また旅になるな……。今度はラインハットか……」
「そう。どれぐらいになる? 支度しないと……」
リョカはキャンバスを抱えながら二階へ走ろうとする。
「いや、今度の旅にリョカは連れていかないつもりだ……」
「え? なんで?」
リョカは素直に驚いていた。これまでの旅にはどんなに過酷であろうとリョカを連れたパパスが、今回に限ってそれをしないという。
「うむ。それほどかかる用事ではないし、お前も絵を仕上げたいんだろ? だから……」
「やだよ。僕も行く。父さんと一緒に連れて行ってよ! 勝手なことしないから、邪魔にならないようにがんばるから!」
置いていかれたくないと必死なリョカは父の腰にすがりつく。
「いや、お前が邪魔というか足手まといなことはないのだ。むしろ最近のリョカは十分旅に堪える力を身につけているしな……。そうではなくて……」
パパスはリョカの頭を撫でながら言葉を選んでいる様子。すると、
「ぎゃー! き、き、き、キラーパンサーだ!」
外で悲鳴が聞こえた。裏返った老人の声はどこかユーモラスだが、その後に聞こえる金属の滑る音は尋常ではない。
「キラーパンサー? まさか!」
リョカは外で転寝をしていたはずのガロンを思い出し、外へ出る。
「ガロン!?」
外へ飛び出るとフーッと唸るガロンとそれに槍を構える二人の兵士。老人は腰を抜かしているらしく、へたりこんで動けない。
「やめてください! その子は危なくないです! 僕の友達なんです!」
リョカは兵士の前に出て、両手で必死に制止しようとする。
「なななにを言っている! そいつは地獄の殺し屋、キラーパンサーだぞ!? 危なくないはずがないだろ!」
老人はなおもそう叫び、兵士も矛を収めない。
「そんなことないです! ほらガロン、おいで……」
リョカがそう言って手を差し出すとガロンはひょいっと腕に飛び込む。
「なんと……地獄の殺し屋がこんな子供に……」
ようやく立ち上がった老人は別の驚きでまた腰を抜かしそうになる。
「ふむ……、まさかなあ……、子供、お前は一体……」
「それは私の息子のリョカです……」
「なんと、パパス殿の息子……となると……」
老人が何かを言いそうになったところをパパスは慌てて人差し指を立てる。