やっぱすっきゃねん!VO-8
「もう一度やったら、退場にするからなッ」
「すいませんでした!」
直也は、帽子をとって、深く頭を下げた。
主審が引き返して行くと、そこに再び、達也が現れた。
「咄嗟の考えにしちゃ、上出来じゃないか」
一瞥する直也。その眼は、恨めしそうだ。
「…主審に注意されるのは、計算外だったがな」
「さすが“直也くん”だ。佳代の事は、よく知ってらっしゃる!」
「勝手に云ってろ…」
達也が声を挙げて笑う。その視線の先には、打席を外した佳代の姿があった。
(そうだ。いつもは軽く握って、膝を絞り込むように…)
ようやく、自分の異様さに気づいた佳代。本来の構えを思い出そうと、素振りを3度繰り返す。
(よし。行こう)
打席に入って構え直した。
「良さそうだな」
「ああ…」
達也が、肩をポンと叩いた。
武蔵中のピッチャーは、キャッチャーからのサインに何度も首を振る。
(3球勝負だ…)
佳代の頭に、配球データが思い浮かぶ。傾向は真っ直ぐと縦のスライダー。
握りを、わずかに短くする。
ピッチャーがようやく頷いた。
2塁ランナー一ノ瀬を十分牽制して、セットから投げた。
瞬間、キャッチャーが近づく気配がした。
(縦スラ…)
右足がステップする。グリップの位置が、わずかに下がった──軽い握りで。
真ん中だったボールの軌道が、膝下へと食い込んでくる。
(やっぱり!)
佳代は、バットの出を遅らせ、左腕で押し込むように振った。
──キンッ!
打球は、転がりながらピッチャーの足の間を抜けた。
「行けェ!」
ボールが、内野からセンターに転がっていく。一ノ瀬は、躊躇なく3塁を蹴ろうとしたが、
「ストップ!ストップ!」
サード・コーチャーが進塁を止めた。
「くッ!」
一ノ瀬の身体が、3塁を大きくオーバー・ランする。スパイクの爪で土を噛み、ブレーキをかけた。
センターに目を向けると、すでにホームへと送球しているではないか。