やっぱすっきゃねん!VO-3
ベンチに戻った佳代は、真っ先に永井の前で頭を下げる。
「監督ッ、すいませんでした」
「いけるのか?」
「いかせて下さい!」
力強い声に、永井は小さく頷いた。
「最高のストレートで、連中のド肝を抜いてやれッ」
「はい!」
佳代はベンチを飛び出した。
すると、スタンドから拍手が起こった。青葉中の応援団のいる1塁側だけではない、3塁側もバックネットも彼女を讃えている。
思わず、身体に震えが走った。
(前は緊張しちゃったけど、今日は違う。温かい…)
佳代の中を、熱いモノがこみ上げる。
マウンドに置かれたボールを拾い上げると、主審と達也が駆け寄って来た。
主審は、佳代に訊いた。
「肩の痛みは、もう良いのかね?」
「えっ?」
意味の解らぬ佳代は、思わず達也の方を見た。すると、笑みを浮かべてウインクするではないか。
(そっか。達也の“監督には、オレから云ってやる”って、こういう事だったんだ)
事の成り行きを理解した佳代は、笑顔で主審に答えた。
「もう大丈夫ですッ。治療してもらって、痛くありませんから」
「そうか。では、投球練習は8球で。おかしいと思ったら、替えてもらうからね」
「分かりました」
近年、中体連でも、高野連に準じた保護システムを採用している。さすがに医師の診察やレントゲン撮影などは無いが、審判が異常と判断した場合、直ちに選手は交代させられる。
逆に云えば、それだけ成長期の身体は故障し易い。
主審が引き返すと、今度は達也が寄ってきた。
「佳代…」
「なに?」
「投球練習の8球。全部、ゆっくり投げろ」
「ええっ!?」
佳代には意味が解らない。対して達也は、
「身体が冷えてしまったろ。投球練習を、それにあてるんだ」
と、当然とでも云いたげな口調だ。
「分かった。ゆっくりだね…」
「頼むぞ」
事の次第をようやく理解した佳代。達也は、マウンドを降りていった。
それから始まった投球練習。全てを8分ほどの力で投げると、じんわりと汗が滲んできた。
(…少しは、楽になったな)
プレートに左足を乗せて、半身をホームに向けた。