幼年編 その四 妖精の里-9
氷の城の廊下は当然氷。気を抜くとつるつるすべり、そのたびにぶつかったり転んだりと繰り返す。
城の中央では彼らの侵入に気付いたのか、玉座にいる覆面を被った少年が指をさして笑っている。
「きぃ〜、絶対に許さないんだから!」
今ぶつけたばかりの額を摩りながら、ベラはザイルと思しき存在に毒づく。
「おっと、もう直ぐ玉座だな……と」
迷路のような、それも透明で行けるようで辿り付けない城を練り歩き、最後には交代で左手を壁に添えて玉座を目指した討伐隊。徐々に盗人の笑い声が近くなり、玉座に向かうであろう門の前にたどり着いた。
「よーし、リョカ、お願い!」
「う、うん! ……アガム!」
二度目ともあり省略しながら魔法を唱えるリョカ。比較的初級の魔法のおかげで直ぐに使えるようだった。
扉はギシっと音を立てた後、氷の床を滑るように開き、そのまま外れてしまう。
「うは……あぶね……」
倒れてきたドアが氷の壁につっかえることでなんとかぺしゃんこを免れたシドレーはほっと一息。
「なんだお前ら! ここをどこだと思ってるんだ? ここは氷の女王様のお城だぞ! 控えろよ!」
玉座の少年は手斧をぶんぶん振り回しながら喚いているが、ベラは怯む様子なく啖呵を切る。
「そっちこそ神妙になさい! 世界に春を呼ぶための春風のフルート! それが無いおかげでどれだけの人が迷惑していると思っているの!」
「へんだ! ポワンがデルトン親方を追い出したのがいけないのさ! 親方が帰るまで俺は絶対に返さないぞ!」
「なにをバカなことを! デルトン親方は研究のために庵を移したって言ってるでしょ!? 全部あんたの勘違いなのよ!」
デルトンの名前が出たことでやや怯むザイル。
「だって、氷の女王が……」
「何が氷の女王よ! 春を来させないことで力を伸ばしたいだけの小物でしょ? アンタは騙されてるのよ!」
「俺が騙されてるって、証拠あるのかよ!」
「そんなの、周り見ればわかるでしょ? 冬が長引くことで得する人なんてそんなにいるわけないじゃない!」
「けど……だって……」
彼もこの寒さに辟易しているのか、身震いしながら白い息を吐く。
「その寒さだって、氷の女王のせいなの! いい? もう一度言うけど、アンタは騙されているの!」
「嘘、嘘だ……そんなの……」
かじかんだ手は斧を持つ力も入らなくなったらしく、コロンの氷の床に落ちると、そのまま慣性に従って滑る。
リョカはそれを拾うと、ゆっくりとザイルに近寄る。
「ベラの言い方はケンカ腰だけど、でも春が来ないのはおかしいことだよ。本当なら今頃いろんな草花が芽を出すはずなんだ。親方の家にも鉢植えがあったよね? あんまり寒いと皆震えて外で遊べないんだ……」
「うっ……うぅ……」
リョカの優しい物言いに素直に反論しづらいザイル。斧を受け取る手を握られると、その温かさがかじかんだ手をかゆくさせる。
「そっか、俺、親方のことしか考えないで皆に酷いことしてたのか……」
「まだ僕らの世界はそんなに影響が出ていないけど、これが続けば取り返しがつかないことになるかもしれないんだ。だから……ね?」
「う、うん。わかったよ。俺が間違ってた……」
ザイルはそう言うと斧を捨て、玉座に乗せていた宝箱から宝石の散りばめられたフルートを取り出す。
「これ、返す。そして俺、ポワン様に謝るよ」
「うん!」
ザイルの素直な言葉にリョカは微笑みを返す。
「ふん! 正義は勝つ! 当然よ!」
ベラはことの成り行きがいい方向に向かったことで腕組みをしながら高笑いをする。
だが……、
――ほーっほっほっほ! やっぱり子供だねえ〜! 大人しく騙されていればいいものを! 見てなさい春なんか来させやしないんだからね〜!!
一陣の風、いや吹雪がリョカとザイルの間を縫ったと思うと、それらが集まりだし、人の形を成す。
「お前が氷の女王か!」
ふわふわした粉雪の青いドレスに身を包む女性。美しくも冷たいその存在は、右手にフルートをしかと持っている。