幼年編 その四 妖精の里-8
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小屋を出て氷の城に向かう一行。
リョカは印を組み、先ほど教えてもらった新たな「技」を練習している。
ガロンは相変わらずけなげにソリを引き、シドレーはその上で転寝。
フローラは顎に手を当てながら考え事をしており、それはベラも同じ。
――坊やに特別に『鍵の技法』を教えよう。これは簡単な鍵を開けてしまえるという特殊な技法なんだ。いわゆる禁止魔法の類じゃな。まあ、なんだ、あまり行儀の良い技ではなくてな。坊やみたいな心の清らか……というと色々語弊があるが、不思議と澄んだ目をしている子になら教えてあげてもいいと思う。本当ならワシが行けばよいのだが、生憎ぎっくり腰で寒さが堪えるんじゃ。いや、それだけじゃない。これは付け足しみたいに聞こえるかもしれんが、坊やにこそこの技法を教えるべきなのではないかと思えてな……。そう、かつてある賢者が馴染み深い塔にて盗賊から万能な鍵を奪ったことがあっての、じゃが使い道がない。しょうがなく昼寝をしていたらある勇敢な若者がある日訪れる、その者にこそ鍵を渡す必要があるとお告げじみた夢をみたそうだ。実はわしも最近変な夢を見てな、素朴だがやや女子にだらしない少年にそれを渡すという夢なんじゃよ……。あ、いやいや坊やが女性にだらしないというつもりはないぞ? ただまあ、ほら、可愛い娘さんたちに囲まれておるし、そういう意味では夢の通りじゃし、まあそのなんだ、とりあえず、ザイルのバカを正気に
戻してやってくれ……。
「もう、どうしてあたしに教えないのよ! 人間の子供に教えるなんてデルトン親方もどうかしてるわ!」
当然といえば当然。わが身を振り返れば納得いくことなのだが、どうにも当人にはそれがわからないらしい。
「……鍵の技法がもしアバカムのような禁魔法の類なら……」
逆にフローラは神妙な顔つきでぶつぶつと独り言。
「そんなん当然だろ? イタジャリなんかに教えたらイタズラに使われるっての……」
眠そうにそう呟くシドレーには雪の玉が投げられ……。
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「でっかいな〜」
氷の城を前にして、リョカは呟いた。
雪の降りしきる中、轟然と佇む氷の城。扉も城壁も全て氷であり、屈折率の違いのせいで七色に輝いて見える。
いかんせん氷のためか、中の様子がうっすらと見え、玉座と思しき場所には誰かが宝箱片手にいるのが見える。
「あれがザイルね……、よーし、いっちょシドレーアイツに火炎をおみまいして!」
これまでの旅路の寒さ、疲労、それに鍵の技法の件について不満たらたらなベラはシドレーにそう言う。
「無茶言うな。なんぼ透けてる言うても、あそこまで炎が届くかいな。せいぜい壁をちょっと溶かして終わりだっての……」
小さく炎を吐くと、壁の一部が少し溶ける。だが、溶けた水もしばらくすればまた固まる。
「さて、それじゃあリョカさん。鍵の技法で扉を……」
フローラに促されて城門に出るリョカ。ただ、フローラの嬉々とした視線の前でどうにもやりづらいのが本音。
「ま、いっか……」
リョカは親方に教えてもらった印を組むと、雪の下から大地の精霊の力が集約されていく。
「大地に眠る悪戯な精励よ、我は彼の者の戒め破らんと願うなり……、戒めを解け、……アガム……」
リョカの声に合わせて精霊達は城門の鍵へとまとわり付き、そして開錠の音が聞こえた。
――やはり禁魔法、アバカムの類なのね……。ルカニに似た印だけど、デルトンさんはおそらく簡易型しか発見していない。これでは魔法による鍵を開錠することは無理かしら……。
フローラはリョカに隠れてみよう見真似で印を組む。ただ、それをシドレーに見られたので、笑顔で誤魔化していた。
「さて、そんじゃいくべか〜」
シドレーはのんきにそう言うと、そそくさと城門を潜った……。