異界幻想ゼヴ・セトロノシュ-1
「行ってきまー……ととと」
太刀川深花(たちかわ・みか)は玄関に向けていた足を、仏間に向けた。
そこそこ見栄えのする仏壇には、祖母の遺影が飾られている。
ややエキセントリックな性格ではあったが深花の事は何くれとなく世話を焼いてくれたし、深花は祖母が大好きだった。
そんな祖母の遺影に、深花は毎日手を合わせている。
今日は何故だか忘れかけていたのだがちゃんと思い出して線香をあげ、仏壇に手を合わせた。
「えー、学校に行ってきます。おばあちゃん、見守っててね」
深花はそう言いながら手を胸元に突っ込み、風変わりな形のペンダントを取り出す。
小さな結晶がいくつも寄り集まったその形が、朝日を浴びてキラキラと輝いた。
祖母の形見を深花が貰った物で、『ばあちゃんがいらなくなったら、これは深花ちゃんにあげるからねぇ』と親戚中に公言していたので、形見分けの際はすんなりと深花の手元にやって来た物である。
ただ……保証書がある訳でもないし、何の石なのかは誰も知らない。
赤みを帯びた黄の色と材質は最高級のトパーズによく似ていたが、祖母は宝石を買って愛でるような優雅な趣味など持ち合わせていなかった。
それでもこの石はただ綺麗で、深花にとってはお気に入りの品である。
「……ん?」
陽にかざした宝石が自ら輝いたような気がして、深花は声を出した。
太陽の光を反射したのではなく、内側から光っていた気がする。
「まさか、ねえ……」
心の内を呟きごまかして、深花は腰を上げた。
石を胸元にしまうと、仏間を後にする。
振り返って見た遺影は、微笑んでいるように見えた。
口許を、弓のように引き結んだはずの遺影なのに。
激しい剣戟の音が聞こえる。
「来いっ!」
黒髪の少年が、前を見据えて叫んだ。
年は十代後半といった所か。
漆黒の髪に深い赤色の瞳、整ってはいるが気の短さが如実に現れている容貌。
その首元では、紅い宝石が揺れている。
「なぁ〜にが『来いっ!』だ。追撃かける方の身になれっつうの!」
程近い場所に立っている青年が、小さく毒づいた。
こちらは、二十代の初め頃。
髪色のベースはターコイズブルーだが、金色やら赤色やらを混ぜ込んだ染色がされているせいで、やたらにけばけばしい。
痩せぎすの体型にラフな服装、かなりの垂れ目だがやはり整った顔立ち。
こちらは、緑色の宝石が付いたペンダントをしている。
「はいはい文句は言わない。来るわよ!」
少し離れた場所にいた美女が、青年をたしなめた。
胸の辺りまである赤銅色の髪に、アイスブルーの瞳。
年は青年と同じかやや下か。
女なら誰もが憧れるような、豊かなボディラインを強調する露出度の高い服装をしている。
美女の首元には、深い蒼の宝石が揺れていた。
「まずは……シールド展開ね」
美女の呟きに、背後で唸りが上がる。
それと同時に、三人は薄い水の膜に包まれた。
「そんじゃ、まずはシールド補強な」
青年の声に反応して、背後で唸りが上がる。
直後に水膜の上で、風が逆巻き始めた。
「ほれガードは整ったぞ。タイミングを見て突撃しな」
首元の宝石に触れながら、青年は言う。
「……言われなくてもっ」
少年の憮然とした声が、青年の脳裏に響いた。
青年はくくくと笑うと、前を見据える。
ズオッ!
轟音と共に、それはやって来た。
シルエットは人型だが、その大きさは二十メートル近い。