異界幻想ゼヴ・セトロノシュ-5
「サデュヤ、オルガサキ!ミィルカ!?」
……どこの国の言葉か、さっぱり分からない。
「えっ……あ、え?」
当然、深花の対応も訳が分からないものになった。
「サデュヤ、オルガサキ!ミィルカ!?」
男はもう一度同じ言葉を繰り返すが、やはり分からないものは分からない。
埒の空かない会話に見切りをつけたか、男は顔をしかめた。
「っきゃあ!?」
男は、深花の制服の胸元へ無遠慮に手を突っ込む。
突っ込まれた手は、あのペンダントを探り出した。
深花からそれをもぎ取るような勢いで、男はペンダントを引っ張り出す。
男の空いていた手は自分の胸元を探り、紅色とオレンジ色が混ざり合ったペンダントを取り出した。
「バランフォルシュ!ウィスルシュ、ティディアナ!」
男は何かを叫ぶと、両手に持った二つの石を打ち付ける。
その勢いで、石は砕けてしまうかと思われた。
が、しかし。
ぶつかった瞬間、接触面からは破砕音ではなく純白の光が溢れ出す。
その眩しさに、外で取っ組み合っていた鎧までもが動きを止めた。
「俺の言葉が、分かるな!?」
あまりの事に深花が呆然としていると、不意に男が日本語で喋り出す。
「分かるか分からないか、どっちだ!?」
男の口の動き方と声との間にずいぶんとズレがあるのに、深花は気が付いた。
なにやら、不可思議な事が起きている。
「わ……分かります」
深花の言葉を聞いて、男の顔に安堵が差した。
「まさか異世界にミルカがいたとはな……」
男はそう呟くと、表情を引き締める。
「細かい説明は後だ。今は力を貸してもらう」
「えっ……きゃあああっ!?」
深花が何か言うより早く、男は深花を抱き上げた。
「レグヅィオルシュ!俺とミルカを受け入れろ!」
鎧に向かってそう叫び、男は空へ身を躍らせる。
その瞬間、深花は冷静に『死んだ』と思った。
いくら男の身体能力が優れていようと、女一人を抱えて両手がふさがっているこの状態でダイブなどすれば、最良の結果でも無事で済むはずがないからである。
しかし現実は、そんな深花の予想を遥かに越えていた。
こちらに背を向けていた紅い鎧の背中が、ぐぱりと開く。
その中には、目を背けたくなるほどに生々しい筋肉が詰まっていた。
二人は重力に支配される事なく、その中へと吸い込まれる。
開いた背中が閉じ、二人は鎧と一体化した。
体が他者と溶け合う異質な感覚が、深花の全身を支配する。
自分の隣には、男の鼓動。
自分達を包むのは、鎧の脈動。
「すげえ……」
男の呟きが、すぐ近くで聞こえた気がした。
「これが、ミルカの力か……」
男の感極まったような呟きに、深花は眉をしかめる。
不快だった。
なんだかよく分からないうちに巻き込まれた自分と違い、この男は明らかに何らかの事情を知っていて、深花を利用している。
「レグ、お前の事も……ずっとよく分かる。むしろ、今までこんなに理解できてなかったのか……情けねぇ」
男は息を整えると、ようやく深花に注意を向けた。
「悪い。なるべく早く済ませる……事情説明は、その後だ。ただ、今は……お前の力を貸してくれ」
「あ……!う、ん……」
抗議しかけた深花だったが……諦めて、口をつぐむ。
今ここから出て行ったら二体の鎧が繰り広げている戦闘のど真ん中に生身で放り出されるだけだし、そもそもどうやって出ていけばいいのかも分からないのだ。
だったら……今すぐここから出せと暴れるよりも、おとなしくしていた方が身のためだろう。