異界幻想ゼヴ・セトロノシュ-4
「ふわあ……」
夕暮れの色に染め上げられた廊下を、深花はゆっくり歩いていた。
今日は日直だったのだが、相方が恋人とのデートがあるからと二人で分担する仕事を一人でやらされてしまい、こんな時間である。
しかし最初のそれは欠伸ではなく、夕暮れが染めなす景色に心打たれての事だ。
校外からは部活で張り上げる声は聞こえるものの校内は人の気配も少なく、ずいぶん寂しい雰囲気が漂っている。
深花は足を止めると、適当な窓を覗き込んだ。
町並みの奥へと沈み落ちていく太陽の残滓が、空に纏わりついている。
もうすぐ日は暮れ、夜の帳が落ちるだろう。
それはいつもと変わらない、そしてこれからも続いていく景色のはずだった。
今、この瞬間までは。
ズズッ……!
何とも言えない嫌な気配が体を包み込んだため、深花は周囲を見回した。
しかし、周りには人の気配などない。
そうしている間にも嫌な気配はどんどん濃くなり、今はもう手を伸ばせば触れてしまいそうな密度に達している。
「何、これ……」
今だかつて経験した事のないまがまがしい雰囲気に戸惑いを隠せない深花だったが……次の瞬間、その視線は外へ吸い寄せられていた。
轟音と悲鳴、そして閃光が校庭で炸裂したのである。
衝撃波が走り、校舎が激しく揺れた。
「きゃあっ!」
何の構えもできていなかった深花は姿勢を崩し、床に叩き付けられてしまう。
投げ出された体の上に、衝撃波で割れたガラスが降り注いだ。
深花はとっさに鞄で頭を庇い、難を逃れる。
揺れが収まると、深花は起き上がって窓に近づいた。
「うっ……!」
覗き込んだ景色は深花の予想を遥かに越えていて、思わず呻いてしまう。
校庭は、惨憺たる有様だった。
植え込みは無残に破壊され、建物はボロボロになり、そこかしこで巻き添えを食らった人間が呻いている。
そして、その中心に……信じがたい物がそびえていた。
三階建ての校舎と同程度かやや小さいくらいの大きさをした赤と黒の二つの鎧が、がっぷり組み合っている。
力比べは互いに譲らず、地面に足をめりこませつつ押し合いへし合いしていた。
その足元で、なにやら喚いている人がいる。
年齢は、深花よりやや年かさだろうか。
日本人にしても珍しいくらいに濃い色の黒髪をしているが、その容貌は妙に白人臭い。
いかにも丈夫そうな材質のタンクトップにズボン、ふくらはぎ半ばまでを覆うブーツ。
装飾性は皆無の出立ちだが、その姿勢や立ち居振る舞いは妙に垢抜けている。
「レグ!@|~."'%}*=・!!」
どこの国の言葉で何を喋っているのかはさっぱり分からないが、どうやら目の前の鎧に対して叫んでいるらしい。
喚き声に呼応してか、赤い鎧の目が光った。
ぶごうっ!!
赤い鎧の発する熱気が、周囲に吹き付ける。
一瞬、黒い鎧が怯んだように見えた。
それと同時に、男の顔へ怪訝な表情が浮かぶ。
ぐる、と男の頭が辺りを睥睨した。
「!」
「!?」
男と視線が合い、深花はぎょっとする。
それは、信じられないものを見たような驚き方だった。
そして明らかに、深花を見て驚いている。
驚いた表情が一瞬で引き締まると、男が駆け出した。
瓦礫の山を上り、手摺りや雨樋を伝って深花の元へとやって来る。
恐るべき身体能力だ。
深花の前までやって来た男は、焦りと驚きのにじんだ顔で言葉を紡ぎ出す。