異界幻想ゼヴ・セトロノシュ-11
夢、だと思った。
何かの悪い夢。
だってそうでなければほんの少し前まで一市民としてごく平凡な生活をしていた自分に、こんな事態が降り懸かり続けるはずがない。
胸がワクワクするアドベンチャーは、マンガや映画や夢の中だけで十分である。
だいたい、目の前に生々しい肉の詰まった巨大な鎧が現れて周辺を破壊するようなはた迷惑な戦闘を繰り広げ、揚句その変な鎧の出力サポートをする力が自分にはあるとは……まるで、ゲームか何かのチープなシナリオのようだ。
最も、これがゲームなら自分はあの変な鎧のメインパイロットに選ばれ、仲間を率いて巨悪と戦うなどという展開になるのだろうが。
しかしその場合……巻き込まれる人間の性別は普通、男の方がしっくりくる。
女の子向けの娯楽作品で巨大ロボットの出てくるシナリオなど、深花が知る限りではあまりない。
それに……あの男。
最初は訳の分からない言葉をしゃべっていたが急に言葉が通じるようになり、あの鎧に無理矢理乗せられて……あまつさえ、自分を抱いた。
痛い事はされなかったが、だからといって許せるものではないし納得できるものでもない。
色々とされた事を思い返すと……何だかだんだん、腹が立ってくる。
学校での自分の周囲は恋愛ムード一色で、あちこちカップルだらけだった。
しかし自分は奥手というか……恋愛事の先にある行為へガツガツしている男子を見るにつけ恋愛しようという気が起こらず、恥ずかしながらキスすら未経験だったのである。
あまり仲良くない女子から干物を通り越して化石とまで揶揄される事があったが、したくないものはしたくないのだから仕方ない。
それが、ろくに知らない男と!
清潔な部屋と寝具の中ではなく、陽の降り注ぐ屋外で服を下敷きに!
最後の辺りは意識が飛んでしまったのでうろ覚えだが、どうも最後はそのままだったような気がする。
つまり、あの男の子供がお腹に宿った可能性が捨て切れない。
変な事に巻き込まれた揚句、妊娠など……。
「冗談じゃないわよ!」
自分の叫び声で、深花の意識は覚めた。
視覚が戻るより速く、ツンとくる匂いを認識する。
それから、自分が柔らかい所に寝かされているという触覚。
何か飲まされたのか、口の中が妙に苦い。
いきなり叫んだせいなのか、驚く声が聞こえた。
最後に、目が見える。
ここは、部屋だった。
本当に、ただの部屋。
石造りの壁は飾り気など皆無で、机や箪笥のような家具もない。
窓にはカーテンが引かれているので、室内は薄暗かった。
「あ……」
人がいるのに気付き、思わず声が漏れる。
この場にいたのは、自分以外に四人。
長身で痩せぎすの男。
見事なプロポーションの美女。
医者らしき中年男性。
それに、あの男。
全員が、椅子に座っていた。
「や……やあ。気が付いたね」
痩せぎすの男が、恐る恐るといった風に声をかけてきた。
「目立つ外傷はないが、簡単な治療はしてある。どこか、痛む所はないかね?」
医者らしき中年男性の言葉に、深花は自分の体を見下ろす。
簡素な生成りの寝間着に包まれた体に、不快なシグナルを発する部位はない。
「あ……だ、大丈夫です」
深花の答に、四人は一様にほっとした表情を見せた。
「とりあえず、自己紹介といこうか。一から説明するにも、名前が分かっていた方が何かとやりやすいからな」
痩せぎすの男は、そう言ってにっこり笑う。
「俺はティトー。一応、チームリーダーの役を預からせてもらっている」
深花は男……ティトーの姿を、まじまじと眺めた。