幼年編 その一 オラクルベリーの草原で……。-7
「シドレー、君は空を飛べるんじゃないの? 逃げれば……」
「アホ言うな。坊主には薬草の借りがあるし、それにそんなに力ないっての……」
「そう。それは残念だね……」
リョカはデボラを背後にしながら剣を構える。
次の瞬間、一匹目が走ってきた。
「コオオォォォッ!」
唸り声を上げて走ってくる山賊ウルフ。リョカはブーメランを投げつけるも弾かれる。
「断!」
「きゃあ!」
そして強い一撃が振り下ろされる……もなんとか受けきるリョカ。
「そりゃ不用意ってやつだろ! カァァッ!」
リョカをしとめそこなった一匹に近距離で炎を浴びせるシドレー。見る見るうちに火達磨になるも、囲う魔物達は怯む様子を見せない。
「坊主、正直なところ、俺もそんなに炎をはけない」
「坊主じゃない、リョカだ……リョカ・ハイヴァニア……」
「そうか、リョカか。けどな、とっておきがあるんだって……ソレ使えばなんとかなるはずだ。いいか? 俺が合図したら目瞑れよ……」
「ああ、でも本当に信じていいの?」
「そうさな、目を開けたら俺だけ逃げとるかもな……」
「それでもいいさ。君は魔物だろうし……」
「だから、俺は魔物じゃないっての……」
「走」
口笛のようなものが聞こえた後、ウルフたちが駆け出す。最初の一撃で複数の攻撃を防げないということを見切っての攻勢だろう。
「目つぶれ! 行くぞ、ジゴフラッシュ!!」
合図を共に目を瞑るリョカとデボラ。シドレーの方が急に眩しくなり、それは瞼越しにもわかるほどだ。
「よし、ええぞ、反撃だ!」
「え、逃げないの!?」
「無理言うな。今のはただの目くらましだ。逃げたところでこいつらの回復と足のほうが速いわ!」
「ああ、大丈夫、いける!」
リョカは駆け出すと打ち落とされたブーメランを拾いまごつく群れに向かって投げる。一匹に当たるとさらによろめき別の一匹と共倒れ。その隙に銅の剣で孤立しているものをなぎ倒す。シドレーも残る炎を最大限に活かし、あれよあれよと状況を一転させる。
「活」
だが、リーダー格は一味違うらしく、眼帯を外して片目で剣を振るう。
「おいおい、おしゃれ眼帯かよ!」
「そんなのあるの!?」
不意を突くはずがまさかの反撃に遭い、リョカは何とかそれを受け流す。
片目のせいでリーダーは距離感がつかめないらしく、リョカもなんとか捌ききる。
「く、強い、だけど!」
善戦するも所詮は銅。鋼と思しき半月の剣に適うはずもなく、刃こぼれ、変形をしだす。
「ちょっとアンタ、炎は? 何か出せないの!?」
「無理ゆうな。俺だってもうガス欠だっての……てか、おじょうちゃんこそなんか魔法はないんかい!」
「魔法……魔法……そうだ……! えっと……火の精霊よ、古の契約より命ずる、我の敵を打ち崩せ、メラ!」
最近練習を始めた初級火炎魔法の印を組むデボラ。彼女の示す指先からは勢い良く炎の塊が飛び出し、山賊の後頭部を焦がす。しかし、リーダーはそれほど意に返すことなくリョカに襲い掛かる。
「なんじゃい、あんだけやっといてメラかい……」
「しょうがないでしょ、これしか出来ないんだから!」
「けど、このまんまじゃ……」
普段危険とはかかわりあいの無い生活をしてきたデボラにとって、メラを唱えるのが精一杯。彼女がかろうじて気を失わないのは、小ばかにしてきたリョカが奮闘しているが故だ。
「どうしよう……父さん……パパスさん!」
無力に打ちひしがれるデボラは父の穏やかな顔とパパスの険しい顔を思い出すのみ。しかしそれが現状を打破するはずもなく……、
「ヒャダルコ!」
女性の声だった。中級氷結魔法と同時に突如降り注ぐ氷の雨。それらはまごつく山賊ウルフを打ちのめす。
「え! え!?」
一瞬の出来事に息を飲むデボラ。
「伏せろ、リョカさん!」
続く男性の声。
言われるまでもなく体力の限界であったリョカは沈み、その上を誰かが越えていく。