幼年編 その一 オラクルベリーの草原で……。-5
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――このあたしがなんで小魚の言うことを聞いてるの?
宿に戻る途中、デボラは先ほどのやり取りを反芻していた。
これまでいいようにあしらっていたはずの年下の男の子。それが急に怖い……とは違う、畏れとも違う、抗うことの出来ない圧力を持っていた。
冷静になればなるほどそれが信じられず、また悔しくなる。
それが彼女の足を止めた。
「姉さん!?」
後ろを走っているはずの姉の足音が途切れたことにフローラも立ち止まる。
「フローラ、貴女だけ行きなさい。あたしはリョカを追うわ!」
そして姉の号令に、フローラはただ従ってしまう。
――待ってなさい。あんたなんかの言うこと、聞いてあげないんだから!
デボラは踵を返し、街のはずれへと走った。
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「……ここら辺かな?」
食べかすを辿ってきたリョカだが、月明かりだけで探すことが難しくなっていた。
だが、オラクルベリーの周辺に森はなく、あるのは見渡しのよい平原とブッシュだけ。
リョカは携えてきた道具袋からブーメランを取り出し、瓶に入っていた聖水を自身に掛ける。
ハッカのような香りが身体を包み、服がびしょりと濡れて不快感を出す。
「そこ!」
ブッシュに紛れて何かが走った。それを目視するや否や、リョカは手にしていたブーメランを低い軌道で投げる。
「ピギー」
何かやわらかいものを打ち砕くと、それははじけて草原に消える。おそらくゲル状生命体だろう。それらは草原のブッシュ近くに集まっており、何かを執拗に攻撃しているように見える。
「スライムだけならいいけど……」
父との旅はけして安全なものとはいえない。百戦錬磨の父の背中に居たリョカだが、見よう見まねで魔物との戦い方を覚えてきた。
最近では下級モンスターならば父の手を借りることなく倒すなり追い払うことができるようになっていた。それが今回の一人での追走劇をさせた。
もし誰かが危機にあるのならそれを助けたい。それは表向きであり、本当は父に自分の姿を見てもらいたいという子供ながらのプライドからだ。
「なにすん。おれをなんだとおもってるんだ!」
そして聞こえてきた声。それは確かに子供の声だった。
「まずい! 伏せて!」
リョカは魔物の集まっているブッシュにブーメランを放つ。そしてさらに道具袋の中から銅製の剣を取り出し、切り込む!
「うああああああ!」
誰かを襲う魔物どもはスライムと木槌を持った毛むくじゃらの小人のみ。リョカでも対処できるであろう存在だった。
「ぎぃ! ぎぎぃ!」
木槌を持ったブラウニーは突然の攻撃に防戦一方であり、戻ってきたブーメランが後頭部にぶつかったのをきっかけに逃げていく。
スライムどもはリーダー格であろうブラウニーの逃走に劣勢を読み取り、そのまま逃走する。
「ふう、追い払えたか……。さ、君大丈夫?」
一息つく暇もなくリョカはブッシュに倒れているであろう誰かに声をかける。しかし、そこに居たのは一匹の赤い羽根トカゲ、前にメラリザードと呼ばれた魔物を見たことがあるが、それによく似た魔物であった。
「モンスター?」
「だだだれがモンスターじゃい! だれが……。俺がモンスターに見えるか!?」
リョカの疑問符にそのトカゲはきっと顔を上げ、早口で捲くし立てる。