やっぱすっきゃねん!VN-7
佳代達が明日の試合にむけた練習に明け暮れてる時刻、監督の永井は途中からグランドを離れていた。
彼は市営球場のバックネット席にいた。
目的は唯ひとつ。
昨年の全国大会出場校であり、今年の下馬評でも優勝候補ナンバーワンである沖浜中の試合を見ること。
永井には、春の練習試合ではそこそこ戦えたという感触が残っていた。
だが、それは3ヵ月前の事だ。だから、現在の戦力が青葉中と比較してどれほどの差なのかを、自身の目で確かめたかった。
そして、試合開始1時間を過ぎた頃。
「…まいったな」
呆れ顔の永井。試合開始当初はとっていたノートも、いつしか止まっていた。
5回を終えて13点差。すでにエースピッチャーは交代して控えが投げている。このまま進めば、次の回でコールドゲームが成立してしまう。
(…春先のデータなど役にたたんな…これほど変わるとは)
永井は試合終了を待たずに席を立つ。焦燥感がそうさせていた。
(すぐに対策を考えないと…)
市営球場を後にすると、再び学校へと帰って行った。
すべての練習を終えた黄昏時、永井と葛城は職員室のソファーで寛いでいた。
「葛城さん、今日はありがとうございました」
永井が冷蔵庫からスポーツドリンクを2本取りだし、1本を葛城に差し出した。
「とんでもない」
葛城は、差し出されたスポーツドリンクを受け取り小さく頭を下げる。永井は対面のイスに腰を下ろすと、スポーツドリンクの半分ほどを一気に飲み干して、渋い顔をボトルに向けた。
その顔は、どこか思いつめた様子だ。
「あの…何か心配事ですか?」「えっ?やっぱ、分かりますか」
「え、ええ…」
驚きという永井の表情だが、葛城からすれば、いつもと違う仕草は分かり易い。
「実は、明日の先発投手についてなんですが…」
「エッ?明日って…明日は順番からいけば川口君じゃ」
今度は葛城の方が驚きの声を挙げた。が、永井は、小さくかぶりを振っている。
「おそらく、決勝は沖浜中でしょう。アソコは9人中7人が左バッターです。ですから、先発を稲森にしたいんですよ」
「そんなッ!まだ1回戦を突破しただけですよ」
決勝までを逆算したプランを既に練っているとは、葛城には飛躍し過ぎた考えのように思われた。
しかし、永井の表情は真剣そのものだった。