やっぱすっきゃねん!VN-5
翌日。
「レギュラーは、明日の試合に向けた調整。但し、走塁と守備の連係を……」
早朝のグランド。昇りだした日射しは、容赦なく部員を焦がし始める。
「…以上だ。こまめな水分補給を心がけてな」
永井の前にズラリと並んだ部員達は、一斉に散るとゆっくりとしたペースで、グランドを走りだした。
(あ…あれは…)
フェンスにそった外周に植えられた木々から、いつもとは異なる音色が鳴っているのを、佳代は聴き逃さなかった。
すぐに誰かに知らせたい思いから、となりを走る山下の腕をヒジで突っつく。
「なんだ?」
「今の聴いた?ツクツクボウシがいたよ」
そう云って、ある木の方を指差した。が、山下は眉をひそめる。
「おまえ、まだ8月になったばっかだぞ…聴き間違いだろ」
「違うって、あそこにいるってッ」
「ありえねえな…」
まったく信じようとしない。
「アンタ聴こえないのッ!あそこで…鳴いてんだから」
佳代の口調が冷静さを失い始める。対して山下の方は、沈着に話を受け止めた。
「そんなことは…終わってから確かめろよ。じゃないと…」
山下が息を継いで言葉を続けようとした時、
「カヨォーーッ!なにふざけてんだァッ!」
永井の怒声が飛んできた。
「練習から集中せんから、試合でもポカをやらかすんだッ!」
「ぐっ…」
厳しい言葉に身をすくませる佳代。周りから一斉に笑い声があがった。
「…いわんこっちゃない。監督が見てるんだぞ」
「もっと早く云ってよ…」
ピリピリとしたムードで始まった練習が、一気に明るい雰囲気に変化した。
ランニング、ストレッチ、キャッチボールなどのアップを終えた部員逹は、各々に予定された練習メニューに取りかかる。
レギュラー組はグランドを使っての試合にむけた練習を。他の部員逹は外周部分のわずかな広さを用いて、ダッシュや素振り、ノックなどの反復練習に従事する。
どこでも同じだろうが、サッカーや陸上など屋外を必要とする全ての運動部に、十分なスペースを供給できるほど学校のグランドは広くない。
現にサッカー部は、野球ボールが飛んで来るような環境で練習している──こういう場合、あまねく過去の実績がモノを云う。
野球部が練習環境に恵まれているのは、先人逹の努力と結果の上に成り立つモノなのだ。
レギュラー組が練習を終えた午後からが、以外の者にグランドが与えられる。彼等はひたむきに練習を繰り返す──明日のレギュラーを目指して。