三人の男たちの冬物語(短編3)-8
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久しぶりに土曜日の夜、S駅近くにある坂の途中の喫茶店であなたはパソコンに向かう。
ときどきあなたは、気分転換にここでネットの投稿小説を書くことがある。
飴色の仄かな灯りの中で、チェンバロが奏でる静かなバロック音楽が背後に流れている。
あのころ、SMクラブ「ルシア」であなたがS嬢をやっていたとき、帰りによく寄った喫茶店だ
った。
まだ若かった…。初めての恋人と別れてから、いつもあなたの心の中は、秋の海辺に打ち寄せる
波のような寂しさに包まれていた。
別れた恋人をいつまでも忘れられない自分自身に、切なさと同時にいつも苛立ちを感じていた。
そんな自分を遠くに追いやり、自分自身への自己嫌悪から男たちの背中に鞭を振り降ろした。
でも…あのころあなたは何を見ていたのだろうか…あなたの中にある焦燥、未練、孤独、渇き…
あなたの中に蠢くもののすべてに息苦しさを感じ、自分自身に喘ぎ続けていた。
喫茶店の窓の外には、あいかわらず季節外れの小雪が舞っている。暗闇に包まれた街の灯りが、
白い雪で斑に遮られる。
あのころあなたが大好きだったこの店の甘いカフェオーレの味は変わっていなかった。両手で白
いカップを包み込むと暖かさが体中を癒してくれる。
五年前、SMクラブ「ルシア」で出会った三人の男の客…ちょっぴり変態だけど、どこまでも
愛すべき三人の男性の姿が、なぜか懐かしく甦ってくる。
あなたの脚を舐め、あなたのからだの匂いを嗅ぎ、あなたの指を欲しがった男たち…あなたは、
その男たちの背中の深い翳りをふと思い出し、煙草に火をつける。
なにかほんのりとした男たちの背中を思い浮かべたとき、あなたの心が、凪いだ水面のようにど
こまでも静かに充たされる。
人通りが疎らになった窓の外に、静かに降り続くなごり雪をぼんやりと眺める。長い冬が終わろ
うとしていた。
あのころのあなたの心が、まるで砂漠の砂が風で吹き運ばれ、空虚な蒼穹に舞い上がるように消
えていく…。
そして… 今のあなたは、あの頃とは違う自分を確かに感じている…。
あなたは願うことができるようになったのだ…優しさにあふれる三人の男たちが、きっと大切な
女性と今も幸せに暮らしていることを…
そして… あなたが愛した、かけがえのないあの人の幸せも…。