三人の男たちの冬物語(短編3)-4
買い物のビニール袋をかかえたまま、私はひとりで公園のベンチでぼんやりすごすことが多くな
った。時折、冬の冷たい風がどんよりと曇った空の果てから吹いてくる。
…わたしたち、お互いがわからなくなっているのよ…そんな言葉をアキコが吐いたのは、私が仕
事をやめる決心をしたときだった。
妻の突然の言葉に、とらえどころのないアキコという女を感じたような気がした。私の中の澱ん
だアキコに対する心と性が、遠くにおぼろげに霞んでいった。
…どうしても別れないといけないのか… 男なのか…
…いやだわ…そんな言い方…と、アキコは最後に家をでるとき、ボストンバッグを足元に置いた
玄関先で、私の目をみることなく小さく呟いた。そしてため息をつくように目をふせた。
妻が私のもとからいなくなるのが信じられなかった。
…あなたにとって、わたしが何なのかわからなくなっただけ…ただ、それだけなの…
背中を向けたアキコが、私に呟いた最後の言葉だった。
夜中にかかってきた携帯の着信番号は、あの男からの電話を示していた。
…奥さんったら、すごかったですよ…オレのからだの上に跨ってね…オレのチン○ンをしっかり
咥えこんで、悩ましいくらい烈しく腰を振ってね…あんたに見せてあげたかったくらいです…
チン○ンの肉縁をあそこの襞でギュッギュッと緊めつけてね…オレ、抜かずで二回もいっちゃい
ましたよ…
…それにしても、アキコさんって、脚を愛撫されるとすごく欲情してね…足首なんて舐めるよう
に愛撫してやると、いい声あげますよ…それに足指の股なんて、一本一本咥えて噛んでやると、
もうあそこなんてビチョビチョですよ…あんた、知っていましたか…
…欲求不満の人妻なんて最高ですよ…
欲求不満という男の言葉とともに、私の中で妻の豊満な乳房が揺れ、下腹が波うち、妻の陰毛の
あいだに溢れるような蜜汁の匂いを感じたような気がした。そのときから、その男が妻の脚を舐
め、妻の肉体が喘ぐ姿態を想像しては、息苦しく渇いた肉情に駆られていく自分があった。
そんなときだった…SMクラブのあの女に会ったのは…。
燿華という女…どこか妻に似ていたのだ。十年ほど前、結婚したばかりのころのアキコに、
からだつきこそ違うが、その顔には、あのころの若いアキコの面影が漂っていたのだった。
あのころ…私はアキコに恋し、春風のようなアキコの優しさときらめきをずっと感じていたよう
な気がする…でも、それがいつ私の中から消えたのかは、思い出せない。
黄昏の公園でたまたま見かけた燿華というその女に、私の視線が釘付けになった。まだ若かった
頃の、私が初めて恋したアキコがそこにいるようだった。髪型や目元、鼻筋、唇…なぜかすべて
がアキコの瑞々しさを想わせた。
ベンチから立ち上がった私は、ふらふらと夢遊病者のように彼女のあとを追っていた。地下鉄に
乗り、駅の地下街を歩く。まるで、私は、あの頃アキコに恋した自分の心を追い求めるように、
彼女のあとを追った。
そして彼女が向かった場所は、繁華街から路地裏に入った雑居ビルの地下…SMクラブ「ルシア」
だった。