凪いだ海に落とした魔法は 2話-7
「なんだかさあ」と菊地は黙々とメールを送り続ける僕に、ふと思い付いたように言う。
「これって、俺ばかり危険な立ち位置にいないかな?」
今さら気付いたのか。携帯のキーをせわしなく操作しながら僕は言った。
「そうだね。この14人は裏に僕がいることを知らない。知っているのは君のことだけだ。もしもこれが教師に露見して問い詰められたら、彼らは真っ先に君の名前を出すだろうね。君から僕に辿り着いたとしても、僕はシラを切ればいい。14人は君を犯人だと言う。君は僕が首謀者だと言う。でも僕はそんな話は知らないと言うわけだ。多数決で悪役が決まるわけではないけれど、僕より君のほうが危うい立場にいるのは確かだ」
菊地は唖然として僕の顔を眺めていた。
「冗談だよ」と僕は笑った。
「万が一そんなことになったら、素直に認めるよ。僕が黒幕ですって――ほら」
メールの送信がすべて終わると、徴収した代金から7千円を抜き取って菊地に返した。これで彼は、2千円で問題用紙を買ったことになる。仲介人だけの格安サービス。
「安心しろよ」
僕は笑った。うまく笑えたと思う。
「――ああ。じゃあ、俺はもう行くけど、お前は? またサボる気?」菊地が言った。
「次、倫理だしね。もう出る意味ないし」それに、と僕は付け加えた。「こんなことをしたあとに倫理の授業に出るなんて、罪悪感がさ、ほら、疼くだろ?」
嘘つけよ。菊地はけらけらと笑って、校内に戻っていった。あの、退屈な領域へと。
僕はその背中に、「ごめん」と一言投げ掛けて、空を見上げた。
重そうなのか、軽そうなのか、よく分からない入道雲が、何かの漫画で見た空中要塞みたいに、図々しく浮かんでいた。
――嘘つけよ。菊地の笑い声を思い出す。嘘じゃなかった。罪悪感があるのは、本当だ。こんなやり方で金稼ぎしていることについてではなく、菊地を騙したことについて。そういう意味では、確かに僕は、嘘をついた。
もしもこの悪事が露呈して、僕のところまで教師側の捜査が及ぶようなことがあれば、やっぱり僕はシラを切るのだろう。沢崎の言う通り、僕にはテストを盗み出すことは不可能だというアリバイがあるのだ。アリバイのない沢崎のことは、そもそも菊地は知らない。僕さえ口を割らなければ、どうしたって疑惑の目は、菊地のところで止まってしまうだろう。菊地にだけメールではなく問題用紙を直接渡したのも、彼には明らかな物的証拠を持っていて欲しいからだった。
「――意外と、人のいい奴だったかな」
僕は呟いた。これが切っ掛けで友達になれるかもしれない。ちょっとでもそう思ったことは、すぐに忘れようとした。