凪いだ海に落とした魔法は 2話-24
「日下部だって、同じだよ」
「同じ?」
「そう。似ているって言ったほうがいいかな。徹底的にドライで、それはある意味じゃ綺麗なことかもしれないけれど、許容してくれる人はほとんどいない。出すぎた杭は、打たれない。本当に打たれるのは、ちょっと出っ張った奴だけなんだ。君には腫れ物みたいに、触ることだってできないんだ。大小問わずにさ、冷たさっていうのは、嫌われる要因でしかないんだよ。温かさは、いつだって美徳として受け止められるけど、君は違う。自分にとって都合のいいものしか、人の価値として周りは受け止めないから。自分に素直な人間は、そういう強さも無視されて、嫌な奴だと思われるだけなんだよ」
ほんの僅かの間、日下部は驚いたような顔をした。彼女にしては、珍しい表情だ。猿が人語を話すのを目の当たりにしたかのような顔。
「私、今もしかして誉められてる?」と彼女は言った。僕は肩を竦める。
「いや、そのつもりはないけど、まあ、そうだね。僕は君を評価している。ということが言いたかっただけ」
「あぁ、何か、こそばゆいね」
「誉められるのが?」
「うん、なんていうか――。まあいいや。私は、興味もない相手なら、嫌われていても構わないよ。むしろ、そのほうが楽だし、人生もスムーズに進むと思う。会話なしで理解してくれて、勝手に嫌な奴だと思ってくれて、そうなったら楽だね、すごく」
なかなか言える台詞ではない。その言葉だけでも、彼女の人柄が窺える。人から嫌われることを許容できる人間は、滅多なことでは人を嫌いにならないし、好きにもならないということ。
「でも」と僕は言った。「会話をしなければ理解は得られないよ。今だってそうだ」
「そうかな。普通は会話で誤解が生じるものよ」
まつ毛の長い涼やかな目元が、からかうように笑っていた。欺き、はぐらかし、貶める、妖しい瞳。
この会話の中で、僕は日下部のことを少しだけ理解していたつもりだけれど、それが彼女の言うところの誤解なのかもしれない。彼女の言葉が本音かどうかなんて、僕には分からないのだ。
言葉ほど簡単に取り繕えるものはないのに、人はそれを簡単に信じてしまう。誰かを知ろうと思ったとき、真っ先に疑わなければならないのは、言葉なのだと、彼女の目は冷ややかに告げていた。
チャイムが鳴り、教室の中がより慌ただしくなる。
「ホームルームが始まる」
「ええ」
「話せて良かった」
「そう?」
「四文字以上、話せたから」
「おはよう?」
「そう、それ。四文字」
僕が頷くと、彼女は耳打ちするような仕草で、顔をグッとこちらに近づける。
その様子は何処かしら甘美な誘いを彷彿とさせた。
精緻な顔立ちが生み出す、R指定的な付加効果。
「――ねえ、シノ」
「はい」
「好きだよ」と彼女は言った。
「え?」
「嘘だよ」
日下部は頭をかしげ、肩にハラリとかかった髪を払いのける。ああ、と僕は笑った。一瞬だけドキリとしたのは内緒だ。