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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 2話-16

テスト当日。寝起きは最悪だった。体中がいじけたように起き上がることを拒否していた。これが一晩も酸素を蓄えた体とはとても思えなかった。まるで骨と皮だけの老体に、すっぽりと僕の意識だけが転がり込んだみたいだ。腕も脚も、その指先も、腐れ縁で嫌々くっついているだけという感じだった。どれだけ勝手が悪くても自分の肉体なのだから、切り離してしまうわけにはいかない。面倒なものだ。人間のグループにも似ているかもしれない。普段は笑顔で話しているけれど、実は吐き気がするほど嫌い。でも独りぼっちでいるよりは、ましだから、そんな地下社会でコロニーを営むウズラの末裔のような、薄暗い連帯感。薄氷の如き自己欺瞞。何をそんなに怖がっているのだろうと、いつも不思議でならない。そんな関係なんて、すっぱりと断ち切ってしまったほうが、ずっと楽じゃないか。いつだってドライで、自分に対して自由で在りたい。それを自分という人間の仕様にできたら、これほど楽な生き方はないだろう。

――ああ、朝は苦手だ。ダウナーな感じになってしまう。朝っぱらから暗い思考に沈む癖は何とかならないものか。

目が覚めた五分後に、アラームウォッチが鳴る。どれだけ早くに目覚めても、この音が聞こえるまでは、世界は夜のつもりでいたい。アラームを解除することで、平日の時間はのろのろと動き出す。寝る前にまたアラームをオンにして、やっと一日が終わるのだ。アラームなんてなくても起きられるのだけれど、これは、単なるポーズ。タイムカードを押すようなもの。そんな自分専用のルールが、どうしようもなく退屈な日々に埋没してしまった僕なりの、細やかな抵抗なのだろう。

ベッドから弾みをつけて、跳ねるように飛び出して、制服のズボンを穿く。洗面所で歯を磨いてから、顔を洗う。三日に一度はその後に髭を剃る。髭なんて、中学の頃は思い出した頃に剃れば充分だった。爪もそうだが、どうせ切られるのになぜ伸びてくるのだろう。定期的に切られているうちに、どうせ切られるのだから、もう生えなくていいや、と躰が学習しても良さそうなものだと思う。そういう機能が付いていない辺り、人類の進化も大したものじゃないな、と思う。

朝に僕がリビングに行くと、人の住まいにしては新鮮な空気を感じる。まだ誰も起きてきていない証拠だ。放任主義の両親のおかげで、朝から家族で食卓を囲んだりとか、そういう面倒な儀式をしなくてすんでいる。

ベーコンを適当に炒めて、トーストをかじる。炒めすぎたベーコンは焼けたゴムみたいに体に悪そうな味がしたし、トーストを胃に流し込むコーヒーも泥水みたいで不快なだけだった。朝食を美味しいと感じたことはない。そういう体質なのだろう。それでも、今日からはテストが始まるのだ。記憶を引き出し易くするための儀式だと思えば、食物を胃に詰め込む作業も必要だと思える。人の営みはそういう儀式で満たされている。果実を採って食べるだけでは生きていけない。ここはそういう国で、今はそういう時代なのだ。

朝食が終わると、手早く支度を済ませて外に出る。太陽はまるでサディスティックな拷問装置のようだった。じりじりと肌を焼きながら、時を追うごとにその熱を強めていく。朝からこの調子だと昼には恐ろしいことになりそうだ。朝日と呼ぶには強すぎる日射しに顔をしかめて、僕は駅へと歩き出した。


「昨日、勉強した?」
「いや、全然。テレビ観てすぐに寝ちゃった」
「あはは。私も」
「ヤバいよね〜」

学校の昇降口。通り過ぎた生徒の残していった会話の内容に、僕は人知れず顔を歪めた。その手のやり取りは、何もここだけの話ではなく、教室に入れば何度も耳にすることになるのだろう。

どうしてだろう。少しだけ、不快な気持ちになる。義務のように繰り返される一連の会話。挨拶代わりに交わされる中身のない言葉の数々。そういったものに、いちいち嫌悪感を抱きながら、僕は暮らしている。

勉強なんてしてないよ。目の下の隈を隠さずにそんなことを言う辺りの感情が、理解はできても共感はできない。
自分の実力を周囲に過大評価させることに、何のメリットがあるのだろう。努力をしなくてもそれなりの結果を得ることのできる自分を演出することで、ちょっとした優越感を味わえる、ということだろうか。僕なら逆を選ぶ。自分を過小評価してくれたほうが、いざという時に有利だろう。


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