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凪いだ海に落とした魔法は
【その他 官能小説】

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凪いだ海に落とした魔法は 2話-13

「それと」と僕は言って、その先を続けるか否か、少し逡巡する。日下部の口に溜め息ひとつ分の空気が吸い込まれたのを見て、それが苛立ちとともに吐き出される前に言葉を繋いだ。

「その歳で黒い下着は如何なものかと僕は思う。似合ってないとは言わないけれど、ちょっと刺激的過ぎるよね。後ろの席にいると、視線が黒板に届く前に寄り道してしまうんだ」

日下部は、絞りを開け放したレンズみたいに目を見張って、眼前の僕をそのまなこに映していた。黒目に僕の顔が焼き付きそうなくらいに注視したあと、きゅっと下唇を噛んで視線を反らす。驚いたことに、頬をほんのりと桜色に染めていた。

僕は思わず「え?」と驚き、慌てて「え?」とまた声を出す。僕が動揺してどうする。

日下部は顔を反らしたまま何事かをぶつぶつと呟き、また唇を噛んで僅かに俯いた。何だろう。小さな窓の隙間から、彼女の秘密めいた個人的な営みを覗き見るような感覚を覚える。見てはいけないものを見てしまったような後ろめたさと、それに寄り添う好奇心。
顔を上げたとき、鮮やかな手品のように羞恥の色は消え去っていた。代わりにキッと睨み付けるように僕を見据える目は、いつになく鋭かったりする。

「スケベのSも付け加えたほうがいいみたいね」
「死語のSだよ、それ」

彼女は踵を返し、もう話すことは何もないわ、と言わんばかりの勢いで歩き出す。相変わらずその背中には、ブラウス越しに黒いラインがうっすらと浮いていた。

「誰にも言うなよ」と僕が釘を刺すと、「知らない」と彼女は吐き棄てるように言葉を返した。

「女が守る唯一の秘密は、知らない秘密だけって言うもの」

去り際に、彼女はそんな不吉な言葉を置いて教室を出ていった。

一矢報いることはできたと思う。その代わり、怒らせてはいけない相手を怒らせてしまったような気がして、僕はひとり冷や汗をかくのだった。




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