I will give you a name that is more wonderful than anyone.-1
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ドラッグストアで新生児用のミルクと哺乳瓶と新生児用のオムツと、特売品のお尻拭きを買う。そして家に帰り、赤ん坊の尻とおちんちんを覆っていたタオルを取って(それは尿で汚れていた)オムツを掃かせる。お湯を沸騰させてそれを哺乳瓶に入れる。説明書の通りにミルクを溶かし、それを人肌の温度まで水で冷やす。そしてそれを飲ませながら、宮下勉君にもらった名刺の裏側を見ながら電話をかける。そこには宮下勉君の電話番号が書かれている。心配しているかもしれないし、いままであった事を説明しなきゃならない。でも、電話はつながらない。その携帯電話の番号は使われていないとのアナウンスが流れる。僕は首を傾げ、今度は名刺にある、宮下勉君の勤めている会社に電話をかけてみる。北海道留萌市にある、タムラドラッグに。
「お電話ありがとうございます。タムラドラッグ留萌店でございます」と電話に出た若い女の声が言う。
「あの、ちょっとお尋ねしますが、そちらに宮下勉という方はいらっしゃいますか? 副店長をしていると思うのですが」
「ええと。申し訳ございません。もう一度、お名前を教えていただけますか?」
「宮下勉です」
「ええと、その様な名前の従業員は当店にはおられませんが」
「いない?」
「ええ。もしかしたら、以前働いていたのかもしれません。確認いたしますか?」
「お願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
保留中の音楽は「エリーゼのために」。電話の保留中の音楽は一体誰が決めて、大体似通ったものになるんだろう、と僕はどうでもいい事を考える。ここでメチャクチャにハードなロックを流すような会社があったら、僕はそこに是が非でも就職したいのに。とかなんとか考えていると、電話の向こうから「大変お待たせいたしました」と先ほどの若い女の声がする。
「確認いたしましたが、やはり宮下勉様という方はこちらにはおられません。今までに働いていた事もないようです」
「それは確かですか?」
「ええ。当店が出来た当初から働いている者に確認を取りましたから」
「そうですか。すいません。変な電話をしてしまって。ありがとうございます。それでは」僕は電話を切り、携帯電話を床に置き、首を捻る。一体これはどうした事だろうと僕は思う。一体宮下勉君は何処へ行ってしまったのだろう。それから、僕は本当に宮下勉君はこちら側の世界に存在していたのだろうか、と思うようになる。それから首を振る。考えるのはもうやめよう。多分、もう僕は宮下勉君に出会うことはないだろうという確信に満ちた予感がする。由香さんにも。そして、勿論ルカにも。