Island Fiction最終回-5
「昔ね、ある有名なバイオリニストが言ってたの。音楽のためなら死んでも構わないって……。実際、彼女の演奏は命を削るような凄まじいものだったの。でもね、結婚して、子供が出来ると、180度変わってしまったの。子供のためなら音楽を捨ててもいいって。出産後の彼女の演奏は角がなくなって、優しく観客を包み込むようになったのよ」
守るものがあれば、わたしの人生にも意義を見いだせるだろうか。
わたしはトウゴウを見つめ、この男の子供が欲しいと、一瞬だけ思った。
「ごめん……」
島の使用人たちによる暴動、クルミの死、スミレ姉様の死。
わたしは一連の事件すべての当事者でありながら、阻害され、置いてけ堀を食わされているような気がする。
しかしながら、事件の中心にいるわたしがいつまでも傍観者でいてはいけないのだ。
復讐のためではない。
彼女を救うためでもない。
物語を終わらせるためだ。
すべてに決着をつけ、生き延びるためだ。
そうしなければ、わたしは永遠に自分の行き先を見失ったまま彷徨い続けることになる。
わたしはアザレアと対峙しなければならない。
この物語の脚本家はクライマックスのためにヒロインを必要としている。
わたしは気を取り直して、うっすらと水平線上に浮かぶ島へ狙いを定めた。
人差し指に力を込めた。
粘り気のあるフィーリングを味わいながら引き金を引いていく。
一度体験しているだけに戸惑いはなかった。
乾いた破裂音と共に弾が発射された。
火薬の燃焼による反動で銃身が跳ね上がると、ほぼ同時にスライドが後退して次弾を装填しながら元の位置へ収まった。
一瞬の出来事だった。
銃本体の反動に驚いてしまって、銃を落としそうになった。
耳をつんざく音も慣れなかった。
弾道は確かめようがない。
弾は問題なく発射され、どこへも当たることなく海の藻屑となったようだ。
彼女の額に鉛の弾を撃ち込むのは、他の誰かであってはいけない。
わたしでなければいけないのだ。
拳銃を胸に抱きしめると、冷たい金属の感触がわずかに体温を奪っていった。
クルーザーが再び動き出した。
島はすでに島ではなく、陸地として認識すべき距離まで近づいた。
巌流島へ向かう宮本武蔵の気分だ。
佐々木小次郎はどんな気分で待ち構えているのだろうか。
桟橋の上に人影が見えた。
近づくにつれ、次第にディテールがはっきりとしてくる。
お姫様直々のお出迎えだった。
アザレアはわたしが想像したとおりの、わたしと同じ十七歳の少女だった。
すっかり大人の顔立ちへ成長していたけれども、一目で彼女だと分かった。
つばの広い真っ白な帽子とピンク色のワンピースは、戦いの装いとしては不相応で、人を小馬鹿にしている。
トウゴウが身構えた。
怨恨の敵がいきなり目の前に現れて緊張しているようだった。
そのプレッシャーはわたしにも否応なく伝染した。