『屋上の青、コンクリートの灰』-7
「うるせえな、いいだろ別に」
「……帰る」
「帰んな!」
咄嗟に制服の袖口を掴まれた。左手が引っ張られる。
本当はそんな風に引き止めてくれるのが嬉しかったけど、それを認めるのも嫌だった。
「っ帰るってば……っ。放せよ、石井のばか!」
「意味わかんねえ。なにむくれてんの」
「むくれてない。……でも怒ってるよ。昨日いきなり帰れとか言うし、それに石井、俺に勉強教えてとか言ったくせに全然やんないじゃん。なんであんなこと言ったんだよ。それこそ意味わかんないよ。意味ないならやんなきゃいいだろ」
「……ワリィかよ!ッ、おまえと話したかったんだよ!」
真っ赤になり怒ったように。
それから一呼吸置くと、僕に向き直って。
「……悪かったな。でも行くな。……ムカつくから」
ぐ。と音がしそうなくらい。
手を、強く掴まれた。
石井は僕が今まで見たこともないような表情で。
ドキドキした。
窒息しそうだと思った。
石井が吐き出した、不器用なわがまま。
ああそっか、僕は石井のこと、なんにも知らないんだ。 まず背が伸びた。
制服が変わった。
周りも変わった。
モンちゃんとは未だに遊んでる。
彼女はまだいない。
ピアスは、怖くて開けれなかった。
あれから約3年が経つ。3年も経ったけど、あんまり変わった気がしない。
とりあえず、僕は高校二年生になった。すっかり石井とも仲がいい。……わけでもなく、高校が同じになったもののクラスはまったくの別で、なんだか中途半端な距離を持って仲良くしていた。そりゃそうだ。男となんかより、女と仲良くしたい年頃なんだから。
石井とはクラス替えで一緒になったから喋る機会もぐっと増えたけど、それまでは石井と話す回数よりも石井の噂を聞く回数の方が多かった気がする。
石井はやっぱり高校でも目立っていて、いつも噂の的だった。
ただし、B組のゆかちゃんと別れただの映画館に彼女を置き去りにしてきただの二股していたのがバレて振られただのと、なにかと女との噂が絶えなかった。
「越智」
3年間の間にも色々あったけど石井が僕を呼ぶ声はいつも変わらない。
同じ響きで、同じ抑揚で、僕を呼ぶ。ただ少し、声が低くなった。
「越智、ボケっとしてんな」
「んぁ……ごめん考え事してた」
「それは考え事してたって言わねえ。寝てたって言うんだ」
「どっちだっていいだろ、べつに」
「どっちだっていいけど、ほら次移動」
「え……?」
がらん。教室はもぬけの殻。
誰もいない。
「い、石井石井どうしよう、誰もいなくなっちゃった」
「だから移動だって。フケる気じゃないんなら早くしろよ、予鈴鳴るから」
「もしかして、石井待っててくれた……?」
恐る恐る聞いてみる。はずすと、なんだか怒られそうだったから。
「いいから行くぞ」
「う、うん」
「早くこい」
「はいっ!」