『屋上の青、コンクリートの灰』-14
風が吹いた。少し冷えた感触が頬を撫でる。スッとした感覚につられるように、ずっともやもやしていたものがなんとなく形になっていく。
それからもう一度繰り返した。
「馬鹿」
そう言ってから、僕は綺麗に染まる空にそっぽを向いて、石井に向き直った。
「いつも通り、越智って言えよ。……石井は、越智って呼ぶ方がいいから。嫌いじゃないから」
「……越智」
「勝手なんだよ石井は。わがままだし、こうと言ったら聞かないしすぐに飽きるし。ガキじゃないんだから」
「……ん」
「でも俺の前じゃ、ずっとガキでいてよ」
石井の視線が、僕に向いた。
「石井がいないと、俺屋上に行けない。昼飯どこで食うんだよ。ここが一番なのに。それに石井がいないと、調子狂うだろ。俺をこき使う奴がいなくなるし。それに石井がいないとッ」
ぎゅっと、制服を握った。
「っ……さみしいだろ、ばか」
言ってから、すぐに力強い掌が僕の手を引いた。
同じ手が、ぎゅう、と苦しいくらい僕の背中を抱き締める。
「……いいのかよ伊藤は。行かなくていいのか」
ボソリと、石井が呟いた。
そう言うくせに力は緩まるどころか、強く強く抱き締めてくる。
そんなんじゃ、行って欲しくないって言ってるみたいじゃないか。俺がそう思っても、仕方ないだろ。
「……伊藤には振られた」
肩にうずめられていた石井の顔が起き上がった。
「もういいよあんたなんかって言われた。俺みたいなダサイ男、いらないってさ」
本当は、『伊藤より大切な奴がいるんだ、ごめん』って謝ったら、泣きながら伊藤にそう言われた。
でも俺はそんな優しい女の子より、石井がいい。石井じゃないと嫌なんだ。
でも今は言わない。その代わりに今は石井を、抱き締め返すことにした。
僕もなかなか意地っ張りだ。
でもそれは、石井の前だけだから。きっと。
「いるんじゃねえの」
ポツリと耳元で石井が喋った。
「おまえみたいなダッサイのでも、必要だって言う奴……どっかにいるんじゃねえの」
それを聞いて、僕は笑ってしまった。
やっと思う。僕は、横暴で不器用なこの男が、石井が、どうしようもないくらい好きだ。
それから、子供っぽくてヤキモチ焼きでわがままな愛しいこの男に、キスをした。
「好きだよ」
そしてもう一度、軽く触れた。
離すとすぐに、骨が折れるんじゃないかと思うほど、強く強く抱き締められた。
「……遅えよ、馬鹿」
俺なんかとっくだ、と耳元でボソリと呟かれる。
生温い風の感触、コンクリートの冷たさ、それからフェンス越しの空。
きっと僕は一生、忘れない。