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God's will
【その他 官能小説】

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Incarnation of evil-5

 僕は首を横に振る。「俺はどうしてルカを殺したのか分からなかった。ずっと長い間、どうしてあの時ルカを殺してしまったんだろうと思っていた。ひょっとしたら、狂ってしまったルカを見るのが嫌で、そんな自己中心的な動機で殺したんだろうかとも考えた。でも、今なら分かる。あの時、ルカは本当に死にたがっていたんだ。それは本能を越える意思だったんだ。だから、俺にはもうどうしようもなかった。俺は勿論ルカには生きていて欲しかったし、ルカがいなくなるのはとても哀しかった。あの日、俺がルカの首を絞め、そして殺してしまったあの夜。あの夜、おそらく俺は知らず知らずこちら側の世界へ入り込んでいたんだろう。ここには死が溢れている。この世界への入り口はバンゴベでもなく、宮下勉君の実家のトイレのドアなんかでもなく、それはきっと、この世界のどこにだってあるんだ。北海道滝川市の短期大学にもそれはあるし、北海道帯広市のコーポグリーンパレスの一室にだって、それはあるんだ」

「じゃあ何故ルカは自殺をしなかった? 紫音クンよ、お前の理屈だと、おかしいじゃないか。何もわざわざお前に殺される必要なんてなかった」

「自分で死ねなかったんだよ」僕は首を振る。「ルカだって自分で死のうとしたさ。でも出来なかった。それは、死にたい意思が希薄だったって意味じゃない。本能を越える意思がそこになかったってわけじゃない。ルカはこの赤ん坊の命を犠牲にしてしまってなお生きていたからさ。ルカは妊娠をした瞬間からもう一人ではなくなったんだ。ルカの命はルカ一人だけのものではなくなったんだ。そこには赤ん坊の存在が含まれていたんだ。中絶した後も、赤ん坊の存在は形のないものとして背負っていかなきゃならない。だから死ねなかったんだ。何かを犠牲にしてまで生き延びている自分自身を、自分で殺すことなんて出来なかったんだ。だから俺に頼んだんだ。そして、俺はそれを受け入れた。俺がルカを裁かなければ、ルカは死なない程度に自分自身を痛めつけ続ける。そして、死と等しい痛みを味わい続けなきゃならない。多分ルカはその痛みを裁きとして受け続けただろう。自分で自分を裁き続けただろう」そこで僕は言葉を切り、胸に抱いている赤ん坊に向けて呟く。「君がそれは言ったね」僕は赤ん坊の頭を撫でる。「ゆるしてるけど、ゆるさないふりをしていたんだろう? 俺も同じだよ。そうさ。罪には罰が必要なんだ。罪を犯した人間は、自分が裁かれることを望んでいる。自分が犯した罪に深く反省し、後悔しているなら尚更だ。罪を犯した人間が一番孤独を感じるのは、その罪が誰にも裁かれなかったときだ。自分自身が世界のどこにも属していないと感じたときだ。何もなかったように世界が回り続けることだ。罪を犯した人間が誰にも裁かれないのなら、自分自身で裁くしかないじゃないか。でも、ルカは自分自身を裁くことは出来ない。痛みと後悔を胸に抱えたまま生きていなきゃならない。戦時中に四肢を失って助かる見込みのなくなった兵士みたいに。そこにはモルヒネはない。死すらない。俺はモルヒネの変わりにルカを殺したんだ。回復する可能性のない植物人間の酸素ボンベをはずすみたいにさ。そしてルカがそんなことを頼めるのは俺しかいなかったんだ」

「それはお前にとっての罪にはならねえのか?」

「それは分からない。この場合、きっと決めるのはルカだろう」僕は赤ん坊をぎゅっと抱きしめる。ルカの顔が思い浮かぶ。四年前、はじめて彼女と出会ったときのこと。ルカの作った昼食のこと、ルカとの何気ない会話、ルカと一緒に見た星空。ルカ。ルカ。ルカ。さよなら。僕は木村修に向けて言う。「取引だろう? オッケー。俺はこの子を連れて行く。ルカの事は諦める」

「それならお前はルカを永久に失うことになる。それでいいんだな?」

「ああ」僕ははっきりと頷く。「なあ、最後にルカに会えないか?」

「お前はその子供を選んだんだろうが。今更会ってどうする?」

「この子にも、ルカにお別れを言わせてあげたい。お前だってコイツの父親なんだ。そのくらい協力しろ」

木村修は返事をせず、頭をぽりぽりと掻いて息を強く吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。そして、木村修の立っている場所のすぐ隣の空間に、先ほどと同じようにぽっかりと穴が開く。ラミナリア。拡張。そして、そこからルカが現れる。僕は思わず息を呑む。あの頃と変わらないルカの姿。正真正銘の、精神と肉体と感情を持ったルカ。

「ままだー」と僕が抱いていた赤ん坊が言い、ルカはまず赤ん坊へ向けて笑顔を向ける。そして僕の方を見る。「紫音」と、僕の名前を呼ぶ。その声はあの頃と何も変わらぬ響きで僕の鼓膜を揺らし、僕の胸を焦がす。


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